2章

第14話 「会いたかった...ずっと」

 2章。



「こ、小雪…?」

突然立ち上がった望月さんからは、俺の古い記憶の中にある小雪のような雰囲気を潜在的に感じた。

いや、そんなわけないか…。多分俺の気のせいだ。だって、ここは学校だし、それに小雪は3年間も姿を現していない。

「先生お腹が痛いので、早退します」

そう小雪に似た望月さんが先生に告げる。突然早退するといい出した望月さんは、クラスの視線をたくさん集めていた。

先生の反応を待たずして、望月さんは鞄を持ってこちらに向かってくる。近くに来て向かい合うと、いつもの望月さんとは、やっぱり違う雰囲気な気がした。そんなことを考えていると、望月さんが俺の手を引っ張ってくる。

「ちょ、ちょっと望月さんどうしたの?」

すごく強い力だ。俺は手を引っ張られ廊下を転びそうになりながら歩く。

俺が入ってきてすぐに早退すると言い出したり、手を引っ張るわで急にどうしたのだろうか。

「いいから」

望月さんはそれだけ言って、他は何も言わなかった。


俺が引っ張られてやってきたのは、学校の近くにある小さな喫茶店だった。歴史のある感じでおしゃれなお店だ。時間も中途半端だったので店内には誰もいなかったドアを開けると『ガランガラン』と鈴の音が鳴る。

「何名様ですか?」

カウンターから、グラスを拭きながら風格のある40代くらいのマスターがそう聞いてくる。

「2人です」

望月さんがそう答える。

「では、そちらのテーブルにお掛けください」

そう言って、窓から富士山が綺麗に見える席に案内される。

俺は、望月さんと反対の席にすわる。今は向かい合うような形だ。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

「湊音は決まった?」

学校から一度も話しかけてこなかった望月さんがやっと口を開く。

「うん。俺は決まってる」

俺は、ふとその会話に違和感を覚える。いつもは「湊音くん」と呼んでいたのに、今日は「湊音」呼びだった。

「私は、このカフェラテをお願いします」

望月さんが、メニュー表を指さして注文する。

「俺は、カプチーノを1つ」

続いて俺も注文する。コーヒーは詳しくないので、無難なものを選んでおく。

「かしこまりました。失礼致します」

そう言って、マスターはカウンターに戻っていく。マスターが豆をザラザラと挽き始める。その音と同時に望月さんが口を開く。

「久しぶりね。3年ぶり…」

学校ぶりに話をした望月さんは、少し不機嫌のように感じた。

「望月さん、久しぶりって昨日会ったばかりだろ」

俺は、呑気に富士山を横目にそう答える。望月さんとは、八王子でショッピングをしたりして昨日ぶりのはずだ。

「昨日ぶり?。私たち3年ぶり、久しぶりの再会でしょ」

「いや、昨日八王子に一緒に行ったじゃないか」

昨日の出来事をありのままに伝える。

『バン』

望月さんが急に立ち上がったと思ったら、机に凄い衝撃が走る。グラスの中の水が、波がぶつかり合うように揺れる。

「昨日?ふざけないでよ…」

望月さんが、机を思いっきり叩いて赤く腫れた自分の手のひらをみながらそういう。

「自分から姿を消しておいて、3年ぶりに姿を見せて言ったことが、昨日会ったばかりだろって?。ふざけるのもいい加減にしてよ」

え?

「あの時、湊音は突然いなくなるし、お母さんとお父さんの仲はどんどん悪くなる一方で、すごく辛かった。湊音言ったよね?お母さんとお父さんが喧嘩して私が落ち込んでいる時、俺が小雪のこと笑顔にするって」

立ち上がった望月さん…いや、小雪が椅子に座って悲しそうに言う…。

「そんな一番信用していた人に裏切られた私の気持ちなんて、湊音にはわからないでしょうね…。なによりすごくさみしかった…。なんで私を置いていったのよ…?」

突然の出来事に、思考が追いつかない。小雪がこんなにも怒っているのは初めてだ。

嵐の過ぎ去った店内には、マスターが豆を引くザクザクとした音と、時計のチクタクという音だけが響き渡る。

ある日小雪は、親の喧嘩がどんどん激しくなり俺に助けを求めた。親が不仲になっていって、私に居場所はないと。

その時俺は、小雪の居場所を作るんだって約束した。好きな女の子を俺が守るんだと。

でも、その1週間後小雪は姿を消した。俺は、助けると約束したから、突然姿を消した小雪をずっと心配していた。

それに俺もずっと寂しかった。会いたかった。だから、今はすごく嬉しかった。

「え?ちょっと待ってくれ。3年前、姿を突然消したのは小雪の方だろ?。俺、ずっと心配してた。会いたかった」

でも、小雪は俺が姿を消したって言った。俺の体験した事実とは反対のことを小雪は言っていた。

「酷いよ…湊音。私、ずっと湊音のこと探してた。湊音が突然私を捨てちゃうからだよ…。私が、湊音を置いてどっかにいったりなんてしないよ」

「酷い…もうしらない!みなとのバカ」

小雪は先ほどまでの怒りとは違う、困惑と悲しみで溢れるような顔をして涙を流していた。

その顔を見て、先ほどの発言に対しての後悔が胸の中でじわじわと広がる。

事実確認よりも、まずは、俺の本心を伝えて包み込んであげるべきだった。もう居なくならないでくれって。

小雪はコーヒーのお金を机に『バン』と置いて、バックを抱きながら走って喫茶店を後にする。『ガランガラン』と鈴の音と共に扉が閉まる。

「はあ」と思わずため息が漏れる。とりあえず、机に置かれていた水を飲む。その水は、なぜだか後悔の味がほんのりした。

「こちら、カプチーノになります。そちらの砂糖を入れてお飲みください」

先ほど頼んだカプチーノが、俺の前に置かれる。それとは別に、なぜかケーキも用意されていた。

「えっと、これ頼んでないです」

俺が頼んだのはカプチーノだけで、ケーキは身に覚えがない。

「そちらは特別サービスになります」

多分、先ほどの出来事を目撃していたマスターが気を利かせてくれたのだろう。

「ごゆっくり」

それだけ言って、マスターはカウンターに戻っていく。ありがとうございます。心の中でお礼する。

でも今は、ゆっくりコーヒーを飲む余裕はない。

先ほど目の前にいた小雪は、今はいない。3年ぶりに再開したのに喧嘩をしてしまった。

正直、俺も状況が飲み込めていない。一度、頭を整理しよう。

今日学校に行くといつも通り望月さんがいた。でも、いつもとは違う様子だった。

昨日までは、確かに望月さんと買い物をしていたはず。俺もしっかり覚えている。それに、最後に見た時は望月さんだった。

でも、見た目が同じだから望月さんだと勘違いしていたが、今日話したのは完全に小雪だ。こんなにも俺が小雪と確証しているのには理由がある。まず、いつもの望月さんとの明確な違いは3年前のことをしっかり覚えていること。望月さんは、覚えていないと言っていたはずだ。

それに雰囲気が小雪だった。潜在意識が小雪だと叫んでいたのだ。あれは望月さんではない。絶対に小雪だ。

こうまとめてみても訳がわからないことばかりだ。

昨日は、確実に望月さんだった。でも今日、いきなり小雪が現れた。いつも望月さんが座っている席には、なぜかいないはずの小雪が座っていた。二人が入れ替わるように、望月さんが消えて小雪が現れたのだ。

じゃあ、望月さんはどこに行った?。あー、同じ名前でややこしくなってきた。

でも、やはり小雪と望月さんはどちらも見た目は全く一緒だった。こうなるとより訳がわからない。

小雪が現れて嬉しかった、でもそれと同じくらい今は謎に悩まされている。

窓から見える富士山を眺めながらカプチーノを飲む。

こんな暗い心でも、富士山はいつ見ても清々しいほどに美しい。綺麗な景色を見て、少し気持ちが落ち着いた気がする。

カプチーノは美味しいけど、俺には少し苦かった。やっぱりまだまだ俺は子供みたいだ。

先ほども小雪と喧嘩してしまった。小雪は確かに、俺が突然いなくなったと言った…。それは、俺の記憶とは全く違う物だった。

俺の記憶では、3年前、何の前触れもなく小雪が突然姿を消した。でも、小雪の記憶では、俺が突然姿を消したことになっている。どいうことだ。やはり、俺の記憶とは食い違いがある。

いや、もうやめだ。わからないことはいくら考えても駄目なものだ。

俺は、小雪の気持ちよりも事実確認を優先した。今はこんなことより小雪の気持ちを優先すべきだろ。

コーヒーが苦いのも当たり前のことだ。俺はまだまだそんなこともわからない子供なんだから。

「何やってんだ俺は」

もう、最低な俺に苦笑いしかできない。次会ったら、謝ってしっかり話し合いたい。

「よし」

自分に喝を入れて、カプチーノを一気に飲み干す。やっぱり、苦い。サービスのケーキもありがたく食べ終えて、会計を済ます。

「お騒がせしてすみませんでした。コーヒーとケーキ、とても美味しかったです」

謝罪と感謝を述べて店のドアを開ける。『ガラガラ』とドアのベルが鳴る。

「ありがとうございました。また、お越しくださいませ」

また、お越しくださいか…。マスターの優しさに感謝して店を後にする。

迷惑でなかったら、また来店したいと思った。

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