第13話 5月3日。「俺の知っている君」

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現在時刻は、二十時三十分。無事に河口湖駅に到着。今は、望月さんを送るために帰路を歩いている所だ。

過去の話をした後は、手を繋いだまま電車に乗って、今日買った美容品の話を聞いたり、望月さんが詩乃と遊んだ話など、いつも通りの会話をして過ごした。誰もいない電車に揺られながら、2人だけでゆっくり話せた。

こんなにゆっくり話したのは初めてかもしれない。

最初は、帰りのバスがなくて驚いたけど、電車での長旅も振り返ってみれば悪くなかったなと思う。

ふと右を見ると、富士山の山宿の光がぽつぽつと輝いていて美しい。この光を見ると帰ってきたんだと実感が湧く。

やっぱり俺は、都会の光よりこっちの方が好きだ。


そして、望月さんの家の前に無事到着。

「今日は、ありがとうございました」

「こちらこそ、色々ありがとう」

そういって、今日買った物の入った紙袋を手渡す。

「じゃあ、また明日な」

「あ、ちょっとまって」

望月さんの家を後にしようと背中を向けると、突然呼び止められる。望月さんは、なにやら紙袋をゴソゴソしている。

「これ、湊音くんにあげます」

俺は、差し出された箱を手に取る。

「開けてみていいか?」

望月さんが、首を縦に振る。

箱を開けると、富士山が中に入っているスノードームだった。俺のいない間に購入していたらしい。

スノードームを振ると、星が舞うようにきらきらと輝いていた。あたりは真っ暗だったから、蓄光式の星がすごく綺麗だ。

「これは、ささやかなお礼です。今日、本当に楽しかったです!」

「大切にする」

そう言って、箱を抱きしめる。

「じゃあ、私はこれで。送っていただきありがとうございました」

「うん。また明日」

そう言って、望月さんに手を振って歩き出す。俺は、プレゼントを大切に抱いて、富士山駅に帰るためにまた電車に乗り込む。

望月さんのいない電車は、とても静かで1人富士山を眺める。振り返ってみると、この遠征は本当に色々あったな。 

図書館は美しかった。望月さんと一緒に見た星空、都会の景色は綺麗だった。

一緒に買い物をして、バタバタしていたけど楽しかったな。トラブルもたくさんあったけど、全部今では楽しい記憶だ。

それに、望月さんのことをたくさん知れて、仲良くもなれた。心の中にとどめていた過去の話もできた。

なんだかんだ言って遠征は楽しかった、と今になってはそう思う。このスノードームは、今日の楽しい思い出の詰まった象徴だ。


1人、今日の出来事を振り返りながらなんだかんだで家に到着。帰るや否や、俺はベッドに倒れ込むようにダイブ。楽しくて感じていなかったが、帰ってきたら溜まっていた疲労がずっしりとのしかかってくる。俺の意識は、ベッドに横たわった瞬間スッと消えるように落ちていった。本当に楽しかった。


5月3日。

「ふぁ」と大きなあくびをして、ベッドから身を起こす

昨日の疲れが溜まっていたせいかよく寝られた。

しかし、昨日の楽しい出来事とは打って変わって、もちろん今日も学校だ。学校はこちらの都合など気にせずにやってくる物だ。

タイマーがなっていないから少し早く起きてしまった。俺は、スマホの電源をつけて時間を確認する。

「ん?」

しかし、いくら電源ボタンを押してもスマホは沈黙を貫いている。

そうだ。電源が切れていたのにそのまま寝たから充電をし忘れてしまった。嫌な予感がしてリビングまで走る。

壁にかけられた時計を見ると、十時三十分を指していた。大遅刻だ。

疲れが思ったより溜まっていたのか、多く寝てしまったらしい。風呂にも入っていなければ準備もしていない。

よし、諦めよう。ここからどう頑張っても遅刻は遅刻だ。俺は、潔く遅刻を認めてゆっくり風呂に入る。

と言いつつも、少しは急ぐ努力はする。 体をささっと洗って、制服を着て家を出る。

仕方がない、朝ごはんは無しだ。

急いでいても、『ガチャガチャ』と戸締りはしっかり確認する。

駅に向かいながら踏みつぶしていたかかとを直して、快晴の太陽に照らせた富士山に向かって走る。

いつもは綺麗な富士山を眺めて学校への憂鬱感をなくしていたが、今日は流石に眺めている暇はない。

河口湖駅に着いたのは、十一時三十分。

いつもはスクールバスが出ているが、遅刻した人にバスを出すほど学校は優しくない。

今日は、ここから学校まで走らなければならない。1人マラソンはまだまだ続きそうだ。


「はぁ、はぁ」

無事に学校に着いて、膝に手を置いて息を整える。駅から学校までを15分ほど走りっぱなしで息を切らす。

いつも通り、下駄箱で上靴を履いて教室に向かうため廊下を歩く。今は、授業中のため廊下には俺の足音だけが響いていた。

教室の前に着いたのはいいもの、授業中の教室に入るのは緊張する。生徒は静かに勉強しているわけだから、急に扉を開けたら注目されるのは逃れられない。

それに、先生からも追及されてかなり気まずくなるだろう。これだから、遅刻は嫌なのだ。

でも、遅刻したのは自分のせいだから、そんなことも言ってられない。

俺は、一度深呼吸をして心を落ち着かせる。

「よし!」と決心を決めて、前の教室のドアを開ける。

あれ、意外と注目されない…

みんな黒板の文字をノートに写すのに真剣なのか、誰も俺の方は見なかった。先生ですら、俺のことは気にしていない様子だ。

『ガチャン』

そんな中、後ろの方で椅子の倒れる音が。教室に響き渡る

「どうした、望月」

先生が、その生徒に話しかける。望月さんだ。

望月さんだけは、とても驚いた顔で立ちあがりこちらを見ている。放心状態という感じだった。

途中で入ってきたからって驚きすぎでは?俺は、そう思っていた。

「え、湊音。湊音なの!?」

望月さんが、俺の名前を叫ぶ。

その声は俺と望月さんが初めて会った時、そう俺が名前を叫んだ時のようだ…

その呼び方、雰囲気にはとても見覚えがあった。

「こ、小雪なのか…?」

いつも望月さんが座っている席には、昔突如姿を消した小雪が座っていた…

それは俺の知っている君だった。


2章 Coming Soon...

12月24日。19:15 公開...

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