第9話 「近づく心」
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そんな出来事があって、今俺は、望月さんと同じ部屋に泊まっている。
ことの発端をざっくり説明しよう。あれは、星空を2人で眺めて数分後の辻本先輩が戻ってきた後の話まで遡る。
「いやーすごかったな!」
辻本先輩が戻ってきて、手を繋いでいたことはなかったことのようになった。でも、俺の手にはしっかり望月さんの手の感触が残っていた。望月さんも俺も、さっきの出来事のせいでぎこちない感じになっている。2人して辻本先輩のことを無視する形になってしまった。
「2人とも何かあったか?」
そんなおかしな様子に気がついたのか辻本先輩は不思議がっている。
「いや、何もないですよ。ね、望月さん」
「はい。何もないです、本当に…」
様子がおかしいことが、バレないように無理やり喋る。
「しかし本当にすごかったな。特にあの景色、けし…」
辻本先輩が、図書館の魅力について熱弁しているが頭に全く入ってこない。
手を繋いだ後、3分後くらいに辻本先輩が帰ってきたから、俺の手にはまだ余韻が残っていて、心の整理がついていない状況だった。
辻本先輩が、熱弁を終えたらしい。何か返さないと。
そもそも、怪しまれないように喋ろうと頑張っていたが、俺と望月さんが手を繋いでいたなんてこと、想像つくわけがなかった。
人間焦ると、普通の思考はできなくなるものだ。美少女の望月さんとなんの変哲もない俺とでは、天と地ほど差があるし、人間として釣り合っていないのだ。
「この後は、普通に帰る感じですか?。それともご飯でも食べていきます?」
とりあえず、今後のことを聞いておく。この辺の会話が無難だろう。
「俺は、帰るが1年は泊まりだな」
とまあ、ざっくり説明したがこんなことがあった。2年生の辻本先輩は、2回目の遠征で慣れているが、1年生は初めてなので日帰りは体力的に厳しいということで、泊まりになった。泊まりまでは、まあわかる。確かに今日は、初めてだったので疲れた。でも、なんで2人部屋なんだ。一様、思春期の男女なんですけど??
ホテルにチェックインしようとしたら既に2人部屋で予約がされていた。予約したのは、たぶん辻本先輩だと思う。
あの人、運動と図書以外のことは割と抜けているところがあるらしい。そういえば、自分で予約した朝のバスの時間を把握していなかった。
辻本先輩は、こんなトラブルがあったなんて知らずに、今頃バスの中で睡眠中だろう。本当に、あの先輩やりやがった。今度なにかしら仕返しをしてやろう。
それに、ジュースを買いに行って帰ってきたら望月さんはいないし、やっぱり俺と2人の部屋は嫌だったのだろうか。
それとも、手を繋いだのがやっぱり気持ち悪かったとか?こんな理由で帰ったとかだったらショックだよ俺。
まあいい、そんな1人反省会は一旦やめだ。とりあえず、そんな思考をリセットするために風呂に入ることにしよう。
そうと決めて、服を脱いで風呂のドアを開ける。
「きゃー、なんで入ってきているんですかー!」
バシャンと思いっきり水をかけられる。突然の出来事にボーとしていたが、水で目が覚めて風呂の扉を思いっきり閉める。
帰ったと思い込んでいたが、望月さんは風呂に入っていたのだ。風呂の電気が消えていたから、入っていないと思っていた。
「なんで電気消して入ってんの!?」
「私、暗いところが好きなんです」
暗いと言うか、真っ暗じゃないか。暗かったおかげで、望月さんの肌は見えなかったからよかった。
「というか、なんで入ってきているんですか。変態湊音くん!」
「いや、ジュース買って帰ってきたら望月さんいないから、俺と2人部屋が嫌で帰ったのかと」
「そんな帰るなんてしません。それに、別に嫌でもないですから」
とりあえず、望月さんが入っているのなら風呂は一旦お預けだ。
「風呂から出たら教えて、次俺入るから」
大きな声でドア越しに伝える。仕方がないからテレビでも見ようかな。ちょうど面白い番組がやっている時間帯だ。
「もう脱いじゃったんですから、一緒に入り…ませんか…」
離れようとした時、風呂の中からそんな声が聞こえてくる。いやいや、何を言っているんだ望月さんは。思春期の男女がおんなじ湯に浸かるなんて普通にだめだろ。
「いや、流石にそれはだめだろ」
望月さんをそう言う目で見ているわけではない。でも、俺も男であり意識しないのは無理だ。
「真っ暗で見えないですから」
そういう問題ではない。
「それに、湊音くんなら別にいいです…」
その言葉を聞いた瞬間、俺の理性はもう限界を迎えていた。
「じゃあ、体だけ洗って出るから」
やっぱり俺も男だな。可愛い子とお風呂に入りたい気持ちには勝てなかった。でも一切手は出さない。望月さんの方は見ない。
腰にタオルを巻いて、自分と制約をして風呂場に入る。落ち着け、落ち着け。身体を洗うだけだ。とりあえず、お湯をだす。
「せっかくですし背中、洗ってあげます」
拒否するまもなく望月さんが湯船からでてくる音がする。やっぱり今日の望月さんはいつもと違う状況に少し浮かれている。
そんな俺も、心の中では駄目だと思っていても望月さんに身体を委ねてしまっている。
望月さんの小さな手が背中に触れる。一旦、空気を深く吸って呼吸を落ち着ける。呼吸が少し早いのがバレたら大変だ。背中を上から順に洗ってもらう。
「湊音くんの背中広いです。私とは全然違う…」
そんな、女の子を感じさせる事を今言われ意識してしまい、どんどん心拍が上がっていく。それに、さっきから風呂場が色づいた空気に包まれているような気もする。
「気持ちいいですか?」
「うん。いい感じ」
背中に暖かい体温を感じて、望月さんが後ろにいることを実感する。
背中をある程度洗い終った後、望月さんが手を止める。
「あとは、自分でやるから」
このままでは全身洗うと言い出しそうなので、先にそう言っておく。
「そ、そうだよね。じゃあ、私先に上がってますね」
望月さんがそう言って、勢いよく風呂を後にする。俺は、身体を洗って風呂に浸かる。
今日の望月さんは様子が変だ。手を繋いでから望月さんの中で何かが変わったのかもしれない。
俺も俺だ。望月さんに甘えすぎなところがある。今日の部屋のベッドはひとつだけ…。俺がしっかりしなければ。
俺は、のぼせるほど湯船でぐるぐると考え事をしていた。こんなに風呂を入っていたのは今日が初めてだ。
風呂から上がると望月さんが1人椅子に座りながら、窓から都会の景色を見ていた。
一緒に風呂に入ったあとに面を合わせるのは少し恥ずかしい。さっきまでは真っ暗で顔が見えていなかったから。
「湊音くん、えっと、さっきは…」
俺が風呂から上がったのに気づいたのか、望月さんが申し訳なさそうな顔をして話しかけてくる。
「何か飲む?」
冷蔵庫を開けながらそれを遮るように話す。
「え、じゃあお水で」
水と自分の分の飲み物を持って、望月さんの前の席に座る。
「ほい」
机にお水を置く。
「ありがとうございます」
さっきの出来事もあってか、望月さんは居心地が悪そうにしている。本人も少し出過ぎた事をしたと反省しているのだと思う。
「望月さん、都会にくるのは初めて?」
とりあえず雑談でもしようと思い、話題を切り出す。
「はい。ちょっと調子に乗り過ぎている気もします」
望月さんの顔が少し暗い。
「初めてなんだから、そんなもんだろ」
「でも!さっきのことも…嫌でしたよね。無理やり入らせる感じになってしまって…」
望月さんが、今にも泣きそうな顔でさっきの過ちを反省する。
「いいんだよ」
包み込むように望月さんを抱きしめる。
「よくないです。湊音くんの優しさに漬け込んで、あんな事をした私は悪い子です」
そんなことない。
「本当にいいんだよ。それに嫌なわけない。可愛い子と風呂に入れるなんて最高だろ」
冗談混じりに少し笑って慰める。
「湊音くんは優しすぎます…」
「そうかもな。望月さんにはついつい優しくしてしまうな。でも、その分俺も望月さんから優しさをもらった。お返しをさせてもらっているだけだよ」
そう。初めて出会った時、赤の他人の俺を何もわからないのに優しく包み込んでくれた。その分のお返しをしているだけ。
「じゃあ、もう少しこのままでいてもいいですか」
胸の中で泣いている望月さんをそっと優しく抱きしめる。
数十分後。
「望月さん、もう大丈夫?」
泣き止んでいるようだし、俺も恥ずかしいからずっとこうしているわけにはいかない。
「もう少しだけ、もう少しだけですから」
「明日、お店を見にいくんだろ。早く寝ないと」
「あ、そうでした」
そう言って、俺から勢いよく離れる。よかった。いつもの望月さんだ。
「よし!今日は一緒に寝るか」
少し暗くなってしまった雰囲気を戻すためにそう提案する。
「ちょっと、それは、恥ずかしいですよ…」
「一緒に風呂に入ったのに、何言ってんだよ望月さん」
先に布団に潜る。
望月さんはその場をウロウロしているが、観念したのか布団に入ってくる。
「湊音くんは本当に優しいですね」
「なんのことだ」
「ふふ、なんでもないです」
一緒に寝る提案をしたのが、風呂を誘ってきた望月さんを慰めるためだとバレてしまった。
「電気消すよ」
電気を消して同じ布団にくるまり一緒に寝る。平気の顔をして一緒に寝ているがもちろん俺も恥ずかしい。というか、多分俺が一番恥ずかしい。明日は、望月さんのショッピングに付き合う予定だが、この調子だと寝れそうにないな。
でも、望月さんは幸せそうな顔で寝ているから良かった。
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