第8話 5月1日。「この気持ちだけは...」
6
5月1日。
「おはよう、1年」
「おはようございます…。辻本(つじもと)先輩」
俺は、眠気を抑えて目をこすりながら、先に駅に到着していた辻本先輩に挨拶をする。
体育会系だけあって辻本先輩は朝から元気だな。ちなみにこの人は見かけによらず図書委員会の委員長だ。
俺は、朝が特に弱い。入学してから1ヶ月経過したが、もう一般生徒の半年分くらい遅刻をしている気がする。
とにかく、今日は寝坊しなくてよかった。まあ、望月さんが、朝電話で起こしてくれていなっかったら寝坊は確定だったけどな。
「望月さんは、まで来てないですか?」
図書委員会ペアで集まる予定なのだが、望月さんはまだみたいだ。いつも学校は早めにきていたので、先にいると思っていた。
「望月は、まだみたいだな!」
俺たちは、平日の朝早くから河口湖駅のバスターミナルに集まっている。というのも、今日は、前に望月さんに手紙で知らされていた図書委員会の遠征の日なのだ。今回の俺たちのミッションは、有名な図書館を見学して記事にまとめるとのことだ。俺たちのペアは、八王子にある美術大学の図書館見学に行くことになっている。
辻本先輩は、1年生だけだとトラブルが起きるかもしれないということで付き添ってくれるみたいだ。
うちの学校の図書室はあまりにも人気がないため、本に興味を持ってもらうように記事を書くらしい。
毎年恒例の行事らしいのだが、結局今年も人は来ていないからあんまり意味がないとも思うが黙っておこう。
そんな今日の予定を振り返っていると、望月さんが駆け足でこちらに向かってくる。
「すみません。遅れましたー」
本人はこう言っているが、全然遅刻ではない。
今日は、学外での作業のため望月さんも勿論私服だ。初めて私服を見たが、いつも学校で見ている望月さんとは、また違う雰囲気だった。今日の望月さんは、黒のワンピースに白のシアーシャツを羽織っていて、休日のお姉さんのような、優雅で大人びた服装だった。
「湊音くん、この服どうですか?」
腕を後ろに回して恥ずかしがりながらも、そんなことを聞いてくる。
「か、可愛いと思う」
今日の望月さんを一言で表す。
俺も、そんないつもと違う望月さんに思わず見惚れてしまっていた。口は、魚みたいに空きっぱなしだ。
「そんな直球に言われると、少し照れますね。でも、湊音くんのために選んだ服だからうれしいです…」
顔を赤らめて望月さんが言う。俺のために選んできてくれた服…。
あまりの可愛さに望月さんの頭をなでなでしたい衝動に駆られるが我慢する。こんな可愛い子に、自分のために服を選んだと言われて喜ばない男はいないだろう。
「そんなにじっと見られると恥ずかしいよ…」
「ご、ごめん」
いかんいかん。あまりにも可愛すぎてつい見入ってしまっていた。恥ずかしがる望月さんも良いと思っている俺は変態なのだろうか。今日の望月さんはそのくらいに、友達ではなく一人の女性なのだと意識してしまう。
「初々しくて良いな!」
辻本先輩が場をまとめるために気を遣ってくれる。
照れ合っている今の俺たちは、辻本先輩から見たら異様な光景だったと思う。
まあ、色々あったが今日のメンバーが揃ろった。そんな時ちょうど八王子駅行きの高速バスが到着し、バスに乗り込む。
「席は決まっているから、各自指定の席に座ってくれ」
辻本先輩は別の席で、俺と望月さんは隣同士の席だ。
「なんで、俺と望月さんが一緒の席なんですか」
辻本先輩に、小声で聞いてみる。こういう場合、男同士で座るのが普通だと思うのだが。
男がいるのにわざわざ望月さんの隣って、もう一緒に座りたいですって言っているようなものだろ。
嫌なわけではない。要するに、可愛い女の子と隣同士って恥ずかしいだろ。
「女の子を知らない奴の隣にはできないだろ」
その通りだ。そういえばバスターミナルで望月さんを見ている輩が沢山いた気がする。確かに、望月さんみたいな可愛い女の子を1人にはできない。それに、今日の服は少し薄めの服だからなお危険だ。
2人並んで席に座る。バスの席は思っていたより人と人の間隔が狭かった。望月さんの肩が触れそうなくらい近い。
なるべく肩が触れないように、望月さんから頑張って離れる。
「湊音くん、なんか遠くないですか?」
離れていたことに気付いたのか、頬を膨らませてそんな事を言ってくる。
「離れないと肩が触れてしまいそうだから」
女の子は、繊細だから気安く触れてはいけない。これが俺のポリシーというやつだ。
「えい!」
その時、望月さんが俺の肩に頭を乗せてくる。
「ちょ、望月さん!?」
「湊音くんなら別に気にしないです」
「わかった。もう離れないから」
「わかってくれたのなら良いのです
そう言って望月さんは、顔を肩から離して窓から景色を見る。今日の望月さんはやけに大胆だった。遠征という名の旅行に少し浮かれているみたいだ。
そんな事を考えていると、この前の手紙のデートという文字が頭に浮かんでくる。これはデートなんかじゃない。遠征、遠征。そう自分に言い聞かせる。今日の望月さんの服が俺好みなのも、きっとたまたま。積極的な気がするのも俺の気のせいだ。間違っても勘違いはしてはいけない。
そんな自分の理性と1人戦う中、遠征は無事に幕を開けたのだった。
昼時も色々ありご飯を食べ終えた頃。
望月さんが、可愛らしい小さなあくびをしていた。
「眠くなった?」
望月さんが、すごく眠そうに見えたからそんな事を聞いてみる。
「はい。お腹がいっぱいになると眠くなりますね」
前日に何時間寝ても昼時は必ず眠くなるものだ。それに飯の後なんてもってのほかだ。実際に、周りの乗客はみんな寝ている。
「眠いなら寝ていてもいいよ。サービスエリアに着いたら起こしてあげるから」
「ありがとうございます。ちょっとだけ…眠ります、ね」
そう言って目をつむる望月さん。相当眠かったのかすぐに小さな寝息を立て始めた。それにしても、バスの揺れがなんだか心地よくて俺まで少し眠くなってくるな。辻本先輩も寝ているから、ここで俺が寝ると起こす人がいなくなってしまうので、寝るわけにはいかない。
そうだ、何か眠くならないものを数えるとしよう。数を数えるのは頭を使うことだから眠くならない理論の続きを試そう。
前回は、数えるものが悪かったのだ。今回は羊ではなく食器洗いを数えるとしよう。食器洗いは、勉強の次に嫌いなことだ。嫌いのものを数えたら、たぶん眠れなくなると思う。食器洗いが1匹、2匹、3…
あれ?今何匹目だっけ…最後に数えたのは3匹目だったようなん?3匹…目!?
「あ、起きましたか湊音くん」
望月さんが、優しい顔でこちらをみている。
「えっと、俺食器洗いを数えていたはず…」
3匹目からの記憶がない。
「ふふ、何言っているのですか。私が起きた時には、すやすやと眠っていましたよ。本当に、湊音君は仕方のない子ですね」
どうやら眠っていたらしい。数える物の問題ではなかった。やはり、数を数えるのは眠気対策にはならないようだ。
でも、上を見るとなぜか望月さんの胸があって顔が見えない。それに、ふかふかな枕のような感触だ。
俺は、枕の感触を確かめるため顔を擦り付ける。
「ちょっと、顔をすりすりしないでください。くすぐったいですって」
脳が覚醒してきて状況がわかってきた。
今俺は、望月さんの太ももで膝枕をされているんだ。その枕がすごく心地よくて、起きた今でもすぐに眠気が押し寄せてくる。
でも、流石にこれは密着しすぎだ。俺は、慌てて頭を起こそうとする。
「いいのですよ。私が起こしてあげるから寝ていても大丈夫。それに誰も見ていませんから」
そう言って望月さんは、俺の頭を優しく自分の太ももに誘導してくれる。その優しい手つきに、あらがう気力はもうなくなっていた。確かに、昨日の夜はデートという手紙の文字が頭によぎって寝れなかった。
「よしよし。眠くなったら寝ちゃっていいですからね」
望月さんに、優しく頭をなでられる。初めて会った時もこんなことがあったな。俺が絶望している時も寄り添ってくれた。望月さんの手は優しくてすごく安心する。
ふとももの心地の良い感触と頭を優しくなでられて、意識が吸い込まれていくように落ちていく。情けなくも望月さんに甘えてしまう。望月さんは、こんな頼りない俺を、受け入れてくれて甘えさせてくれる。俺は、もう当分望月さんなしでは生きて行けそうにないかもしれない。
「…くん、…音くん」
何か聞こえる。
「湊音くん、着きましたよ」
望月さんの呼ぶ声で目が覚めて、太ももに預けていた頭を起こす。
「おはよう。望月さん」
「よく寝ていましたね。よかったです」
安心していたのかぐっすり寝られた。
「うん。ありがとう」
お礼を述べて凝り固まった身体を伸ばしながら、バスから下車する。バスから降りるといつもでは味わえない都会の喧騒で溢れていて、いつもの自然あふれた感じとは違う雰囲気で眩暈がしそうだ。
そんな俺とは違って、望月さんは駅の周りにある都会のショッピングモールに目をキラキラと輝かせていた。
駅構内には、化粧品やアクセサリーのお店がたくさん並んでいた。男の俺は、全然何が良いかわからないが、女の子は、こういうお店が好きそうだ。
「あの、お店行ってみたいな」
望月さんが、そんな事を小声で言う。
「帰りにでもいってみるか?」
多分こう言う解釈で合っているだろう。
「いいのですか。行きたいです!」
やっぱり、帰りに寄ってみたいと言う意味だったらしい。
「私、都会って初めてきました」
望月さんがそんな事を雑談程度で言う。
やっぱり、関係ないよな…。
八王子駅は、昔小雪と訪れたことのある思い出の場所でもある。
あの時は、2人だけでこっそり行って親にこっぴどく怒られたっけな。そんな思い出も、もうずいぶん昔のことだ。
やっぱり、小雪と望月さんがこんなにも似ているのは、二人に何か関係があるんじゃないかと思っていたが、この根深い思い出を知らないと言うことはやはり考えすぎか。
そんな、昔の思い出に浸っていると美術大学の図書館行きへのバスが到着していた。
それからバスに乗って10分ほどで、目的地の図書館に到着した。バスを降り図書館を目の前にする。
それは、圧巻だった。まるで、その場所だけ1世紀先の未来にたどりついたようだった。
白を基調とした壁に、アーチ上のガラスが張り巡らされていて、なんとも現実の建物ではないように感じる。
素人でも、多くの建築家が試行錯誤して完成させた建物なんだと実感する。
それほどまでに美しい建造物であり、日本中どこを探してもこのような建物は見つからないと思う。
「これは、すごいな…」
いつも元気な辻本先輩が、間の抜けた感じでそう言ってくる。
その目はとても真剣で、この人は、図書を愛してるんだなと再認識する。
「そうですね」
俺も、見入ってしまって一言だけそう返す。
望月さんも、真剣な顔で眺めていた。
「そろそろ中に入るか」
3人とも図書館の前に棒立ちで外観を眺めていたので、そう提案する。
「そうですね。今日は記事を書くのがミッションです」
早速、図書館に入館する。各々見たいところが違ったたので、各自分かれて散策することになった。
そして2階の、蔵書図書のコーナーもある程度見学して、満足した俺は、見終えた後に集合すると決めていた場所に向かうと、望月さんが先に到着していて1人地面に座って夜空を眺めていた。
「望月さん」
名前を呼んで手を振る。手を振りかえしてくれる望月さんの横に並んで座る。
あたりはすっかり暗くなってきていて、図書館の暖色の光がなんともロマンチックに見える。
「辻本先輩は?」
「まだ見学しているみたいです。私が先行きますって言っても無視されちゃいました」
「あの人は、とことん本が好きなんだな」
人は見かけによらないものだ。
「今日は、いろいろありましたね」
望月さんが、今日を振り返るように夜空を見上げてそんな事を言ってくる。
「そうだな。本当にいろいろ。ほとんど、俺が望月さんに頼りきりなだけだったがな」
「ふふ、そうかも」
「こんな、だらしない所ばかりで恥ずかしいな」
「今日は、私がいないとダメダメな湊音くんでしたね。でも人に頼ることができる、それも湊音くんのいい所だと私は思います。それに、湊音くんの安心した顔が好きだから」
「そ、そうか。ならいいんだけど」
「これからも、とことん私に甘えていいですよ」
望月さんが、少し笑い混じりにそう言う。
「恥ずかしいからからかうのは勘弁してくれ」
その後は、しばらく黙って2人で夜空を見上げた。
望月さんとは肩が触れそうなくらい近い。でも、今日いろいろあったおかげか抵抗はあまりなかった。
「星、綺麗だね」
自然に囲まれたキャンパス内からは星がよく見えた。
「そうだな」
ロマンチックな雰囲気に酔う俺たち。自然と、お互いの小指は触れ合っていた。望月さんが何も言わずに俺の手を握ってくる。俺は、その事に驚いて望月さんの方を見る。望月さんは、少し恥ずかしそうな顔で優しく笑っていた。
その仕草は、いつも小雪が照れた時にする表情と同じで、俺は、すごく複雑な感情でいっぱいだった。
まだ俺たちは友達同士だけど、俺の心は友達とは違う感情を抱いていた。
望月さんに手を握られて、俺のことを受け入れてくれることが嬉しくて胸が高鳴った。
俺は、望月さんのことが好きなのかもしれない。でも、それは小雪を望月さんに重ねているだけなんじゃないか?
二人が似ているから、いなくなった小雪への気持ちを、望月さんに押し付けているだけなんじゃないかって。
俺たちは2人で手を繋いで、満点の星を見上げる。
「月が綺麗ですね」
望月さんが、夜空を見上げながら言う。
「ああ、綺麗だ」
だから、この複雑な気持ちが望月さんに対する「好き」という感情なのか俺はわからなかった。
でも、なんで望月さんと手を繋いでいるとこんなにも安心するんだろう。
やっぱりこの気持ちだけは、確かに望月さんに対するものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます