第5話 「君は、小雪じゃないんだから」

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『キーンコーンカーンコーン』とよくある学校のチャイムの音が授業の終りを告げる

登校初日の今日は、オリエンテーション的なことをおこなった。係決め、授業の説明などが主な内容だったらしい。

「らしい」というのも、俺は富士山をボーと眺めていて話を聞いていなかったので何をやったかわからないのだ。

何をやったかは、望月さんが教えてくれた。

そういえば、望月さんは真剣に聞いていたな。どうやら真面目な性格らしい。

まぁ、最初くらいは聞いていなくても大丈夫。たぶん。対する俺は、このように結構大雑把な性格だ。

「お昼だー」

詩乃(しの)さんが、笑顔でこちらに向かってくる。叶翔(かなと)も一緒だ。詩乃(しの)さんは、昨日出会ったばかりの望月さんの友達らしい。

叶翔(かなと)と詩乃(しの)さんとは、朝のホームルーム前に少し話して、お昼を食べる約束をしていた。

「この学校、学食があるらしいよ。学食いってみよ。学食」

そう言って、詩乃さんはいち早く教室を後にした。

「ごめんな、うちの詩乃が。あいつ、自由人だから考える前に身体が動くタイプだからさ」

詩乃さんは頭の回転が早いから、行動に移すのも異様に早かった。

「そんなところも詩乃のいいところですよ。詩乃が腹ペコで我慢できなくなる前に私達も行きましょう」

「そうだな。俺もお腹すいたし」

そう相槌をして、俺たちも教室を後にする。


学食は思っていたより大きくて綺麗だった。壁はガラス張りになっていて、どこの席からも富士山を一望できるようになっている。内装も白を基調としていて、富士山が一つの作品のような美術館みたいだ。流石、私立の学校。

「もう、みんな遅いよー」

詩乃さんが、お腹をさすってこちらに駆け寄ってくる。

「詩乃が先に行くからだろ」

「早く行こー」

詩乃さんは、叶翔を引っ張って先に行ってしまった。置いていかれた俺たちは、二人して学食の真ん中で唖然とする。

「私達もいきましょうか」

「だな」


学食にはたくさんの種類があった。麺類から、洋食、和食まで幅広いジャンルだ。

「望月さん。今日は俺が奢るから好きなもの頼んで。迷惑かけたから」

昨日のこと、そして今日の朝のこと。感謝と謝罪の2つの意味を込めてお礼がしたかった。

「え。そんな、大したことではないですよ。それに、私にも責任がありますし…」

そう、申し訳なさそうに言ってくる。本当に心が優しい人なのだろうな。

「いや、望月さんは何も悪くない。これだけは絶対。あと、その…うれしかった。だから、お礼がしたいんだ。俺の自己満足に付き合って欲しい」

あの時は、心がズタボロだった。そんな俺を、何も言わずに望月さんは慰めてくれた。それがすごくうれしかった。

同時に小雪がいなくなってから閉ざされた心は、人の優しさに触れて救われたのだ。

「じゃあ、矢野さんが元気になったお祝いですね。矢野さんが、元気になってくれたなら、私はそれだけで十分なんです」

望月さんは、「どれにしましょう」と言って、真剣にメニューを見る。人ってこんなにも温かいものなのだな。そう思った。


「いただきます」

4人で、しっかり合掌をする。俺は、味噌カツ丼にした。望月さんは、オムライスだ。

オムライスを美味しそうに食べる望月さんを見ていると、小雪のことをふと思い出す。

小雪も、食べることがすごく好きだった。特に、スイーツとオムライスはすごく好きで、いつもすごく幸せそうに食べていたな。

そんな小雪を見ていると、こっちまで温かい気持ちになって、俺の心は幸せでいっぱいだった。

「矢野くんどうしました?オムライス食べたいんですか?」

「いや、なんでもないよ」

懐かしいな。

「そうだ。俺たち、自己紹介まだじゃないか。」

そんな時、叶翔がそう思い出したようにそう言う。

そういえばそうだ。今のメンバーは自然と集まった感じで、お互いの名前を把握していなかった。

「はーい。じゃあ私から。赤杉詩乃(あかすぎしの)、詩乃って呼んでね。はい次、叶翔。」

「俺は、三枝叶翔(さえぐさかなと)。俺も下の名前で簡単に呼んでくれて大丈夫。よろしくな」

順々に自己紹介をしていく。席の順番的に次は俺か。

「俺は、矢野湊音(やのみなと)だ。呼びやすい呼び方で大丈夫。よろしく」

「じゃあ、みなとっちで良い?」

適当に自己紹介をした俺に、詩乃が机から身を乗り出しながらそんな提案をしてくる。

「え、良いけど」

グイグイくるなこの人。小雪で慣れているから別に良いんだけどさ。

「じゃあ、今日からみなとっちね」

俺は、詩乃命名「みなとっち」に進化した。

「じゃあ、最後。小雪ちゃんどうぞー」

順番的に最後は、望月さんの番だ。

「私は、望月(もちづき)小雪(こゆき)って言います。私も呼びやすい呼び方でお願いします」

「じゃあ、私は小雪ちゃん」

「俺も、小雪ちゃんで良いかな?」

「はい。大丈夫です」

みんな、下の名前で呼ぶみたいだ。

「みなとっちは、どうする?」

「俺は…」

小雪…いや、

「望月さんかな」

俺は最低だ。

「みなとっち、固くないー?」

「いえ、私は大丈夫ですよ」

そう、少し困ったような顔で言う望月さんを見て心が痛む。望月さんだけは、朝のことで俺に何か事情があることを知っている。気を遣わせてしまった。

望月さんには、人の温もりをもらった。でも、小雪と呼ぶのには少し抵抗があった。

望月さんは小雪じゃないって分かっている。でも俺はまだ、望月さんと小雪の見た目がそっくりなことに疑問があった。

二人は、あまりにもそっくりすぎる。だから、思い出のたくさん詰まっている小雪という名前を簡単に上書きしたくはなかった。

本当に最低だと思う。だから、ごめん望月さん。今は、謝ることしかできなかった。

「よし!自己紹介も終わったことだしご飯食べようぜ」

「食べよー。ほら2人とも、ごはん冷めちゃうよ」

俺と望月さんの元気がないのを見て、2人は何かを察したのか場を盛り上げてくれる。

「俺たちも食べるか」

「そうですね」

そう言って、ご飯を食べ始める。頼んだ味噌カツは冷えてしまっていたが、みんなの温かさで少し美味しく感じた。


「私、お二人に聞きたいことがあります。」

「んーなに?」

「詩乃と叶翔君は、その…付き合っているのですか?」

望月さんが少し恥ずかしそうにそんなことを聞く。俺も気になっていた。二人は、初登校日にも関わらず気の許し合っている仲に見えた。カップルといえば、確かにそう見えるかもしれない。

「あっはは、叶翔、私たちがカップルだって。あっはは、おっかしいー」

詩乃が腹を抱えて大袈裟なくらい突然大笑いしだす。俺と望月さんは、何が面白いのかわからなくてポカンとした顔をする。

「そうだよな。高校からの友達だから知らないよな。俺たちは、いとこ同士。」

「そう。だから、家族ってところかなー」

二人が慣れた感じでそう説明してくれる。あ、

「そうなのですね。ごめんなさい。とても仲が良かったので恋人同士なのかと…」

「いいのいいの。いつも間違えられるから」

やはり、みんな勘違いしてしまうらしい。それもそのはず。こんなにも仲の良いいとこ同士は珍しいと思う。ていうか、見たことない。そんなことを考えていると、詩乃がニヤニヤしながら何かを企んでいる顔をしているのを見つけてしまった。初日ながらも詩乃のこの顔は嫌な予感しかしない。

「そういうお二人さんは、どういう関係なんですかー?。もしかして、お二人さんこそカップルとか?」

また、詩乃の悪いからかいの癖が出ている。いつも止めに入ってくれる叶翔は、やれやれという顔をしている。

叶翔は、もう止められるほどの燃料は残っていないらしい。

「あのな。なんでそうなるんだよ」

俺は、ため息混じりにそう弁明する。考えが飛躍しすぎだ。

「だって、みなとっちは初日から小雪ちゃんに熱い告白してたし、二人きりで朝イチャイチャしてたじゃんか」

あれ?俺の記憶と違う情報ばかりだ。詩乃に勝手に改ざんされている。それに、朝も一連は見られていた。

「そうだよね?小雪ちゃん」

おい、そこで望月さんに聞くのはずるいぞ。俺に聞くと、あれやこれやと言い訳を並べられるとわかっているらしい。

「えっと、本当に、そういう訳では…。私と、湊音くんは友達です…」

望月さんは、弁明できずにあわあわしている。それに、ものすごく顔が赤くて、耳まで真っ赤になっている。

本当に何もしていないのに、望月さんが露骨に恥ずかしそうにしているから、何かをしていたみたいになっている。

望月さんは、男女のこういう関係にはとことん弱いらしい。

それに気づいたのか、詩乃暴走列車はどんどんスピードを上げていく。叶翔というブレーキは、絶賛故障中だ。もう、誰も止められない。

「じゃあ、友達ならみなとっちにあ~んしてみて

いや、絶対そうはならないだろ。「あーん」なんてカップルがやることであって、男女の友達は絶対にやらない。

それに、俺たちはまだ出会って2日目だ。友達の証明材料としてはいささかおかしいと思う。

「いや、そうはなら…」

俺が弁明しようとすると、それを遮るように望月さんが口を開く。

「わかりました。私と湊音くんが友達と証明できるならやります」

そう言って、隣に座っていた望月さんが自分のオムライスをスプーンですくう。

いや、どう考えても詩乃に振り回されているでしょうが。詩乃の顔を見て欲しい。露骨に顔がニヤけている。

望月さんは真っ赤な顔でスプーンをこちらに差し出してくる。 その瞳は、いたって真面目だ。望月さんは、かなりの天然だったのだ。

「望月さん、無理しなくていいんだよ」

あまりにも顔が赤いので、一様そう言っておく。目も、ぐるぐると渦巻きを描いていた。

「いえ、やります。それに、湊音くんにならしてあげても良いです…」

そんなことを恥ずかしそうに言う。あまりの不意打ちに、俺まで顔が熱くなってしまう。

「あの…湊音くん、私も恥ずかしいんですから…早く口開けてください」

恥ずかしさで頭の温度も上がりすぎて、もう何も考えられない。俺は、言われるがまま口を開ける。

「はい、あ~ん」

真っ赤な顔の、望月さんと目が合う。差し出されたスプーンに乗ったオムライスを食べる。

結局、緊張しすぎてオムライスの味は全然わからなかった。

「こ、こ、これで私たちは友達です」

「そうだったね。2人は友達だったね。友達ならあ~んくらい普通だもんね」

詩乃はそんなことを、これでもかと言うほどの満面な笑みで言う。

「それに、みなとっちは嬉しそうで良かったよー」

詩乃にはお見通しらしい。恥ずかしいけど、嬉しくなかった訳ではない。望月さんはクラスの中でもずば抜けて可愛い。食堂ですれ違った男どもが、チラチラ望月さんを見ていたのを知っている。うれしいに決まっているだろ。

「まあ、美味しかった」

嘘は言っていない。味はわからなかったが、美味しく感じた。

「本当、みなとっちは素直じゃないねー」

うるさい。そんな時、遮るように『キーンコーンカーンコーン』と昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴る。

「昼休みも終わりだし、片付けて教室戻ろうぜ」

まだ、顔の温度は下がりそうにない。今日は、もう恥ずかしくて望月さんと顔を合わせられる気がしない。

まあ、昨日と朝のことの弁明ができたのはよかった。いや、良かったのか?

そんな俺と望月さんは、2人とも顔を真っ赤にしながら教室に戻った。

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