第4話 4月9日。「これが俺たちの始まり」
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4月9日。
「全然眠れなかった…」
学校から帰った後は、夜ご飯にインスタントラーメンを食べて、貧血用の薬を飲んで寝た。
たくさん寝るよう言われていだが、小雪のことで頭の中がいっぱいで全然眠れなかった。テスト前も毎回こんな感じだ。頭の中に入れた知識がぐるぐるとして眠れない。今回もそのような感覚だった。
なかなか寝ることができず、昔の小雪と今日会った小雪を写し鏡みたいに脳内で照らし合わせていた。でも、やっぱり昔の小雪とは違っていた気がする。まるで、鏡の中の自分が動いているみたいにおかしな出来事だ。
見た目は同じなのに中身が違う。俺の本能が、あれは小雪じゃないと言っている気がした。
でも、やっぱりまだ信じられない。小雪と話したいこと、聞きたいことがたくさんある。とりあえず、本人に確認しないことには始まらない。今日は、なるべく学校に早く行ことにした。
そう決めた俺は、家の戸締りを確認して富士山駅まで歩き、電車に乗り込む。
学校に到着した俺は、昨日とは違い教室のドアをゆっくり開ける。
教室の時計は8時15分ごろを指していた。早く来すぎたのか教室には誰もいなかった。
「まって…俺の席どこだ」
昨日の俺は学校に来てすぐに倒れたから、自分の席を知らされていなかったのだ。
俺は、自分の席がわからず、教室を3分くらいぐるぐるしていると突然教室のドアが開く。
「あ、昨日の…」
ドアを開けたのは小雪だった。教室に入って来た小雪と目が合う。
でも、小雪は何事もなかったように教室に入って来て自分の席にちょこんと座る。
昔の小雪は、俺の姿を見たらいつも駆け寄ってきて抱きついてきたのに、今日は見向きもされなかった。
本当に小雪…じゃないのか…?
「ずっと立って何しているんですか…」
その事実を受け止めきれなくて突っ立っていると、小雪が突然話しかけてくる。小雪は、やけに不機嫌だった。
「あ、自分の席がどこかわからないんだ。昨日、保健室にいたから」
「ここですよ。私の隣です」
小雪は、トントンと自分の隣の机を叩いた。俺の席は小雪の隣らしい。
隣会った席に2人並んで座る。俺と小雪、ふたりぼっちの教室。
小雪はこっちに目もくれず富士山を眺めている。そんな小雪の横顔は昔そっくり。黒の髪も昔のまま。
近くで見るとより小雪だと確証が得られる。だって、この綺麗な横顔を見てこんなにも胸が高鳴っているんだから。
小雪に姉妹はいなかったはずだ。小雪だよな…
「あの…さっきからジロジロと見て。本当になんですか?」
「なあ小雪、なんで敬語なんだよ…。昔の約束のこと、怒ってるのか?」
昔、小指を交わした約束。ずっとそばにいるって…
「昔って…、私達、昔どこかでお会いましたか?昨日も言いましたけど、あなたのことは知らないです」
あきれ気味にそう返される。
「何言ってるんだよ小雪…。また、いつもの冗談か何か?。俺たちよく会って遊んでいた幼馴染じゃないか」
俺は、冗談かと思い少し笑い気味にそう返す。でも、そんな俺の声は不安ですごく震えていたと思う。
「ごめんなさい。本当にあなたのことは知らないです。初めて見た時、どこかでお会いしたような感覚はしたのですが、思い出せなくて」
そんな俺の様子を見て、少し怒っていた小雪が、申し訳なさそうな顔で優しくそう言った。
昔、初めて小雪と会った時は、今のように敬語を使って丁寧に話しかけてなどこなかった。
「嘘…だよな、なあ、嘘って言ってくれよ…」
昔と、今の小雪はあまりにも違いすぎる。
「嘘じゃないです」
俺も、もう現実を見るしかなかった。
「本当に、本当に俺のことは知らないのか?」
「はい。ごめんなさい…」
「そうか…」
ふたりぼっちの教室に沈黙が流れる。
俺は、名前を叫んだ時から薄々気づいていた。昨日も、別に頭の中が混乱していた訳じゃないと思う。ただ現実を受け入れたくなかっただけだった。
一様、確認しておきたいことがある。
「3年前から高校入学するまでの間、何かあったか」
「何かって?」
「事故とかそういうアクシデントとか」
「いえ、特には」
著しい記憶喪失でもない。思い出せないと言うから記憶喪失のたぐいかと思いたかったが、違う。
もう、認めるしかないんだ。この望月小雪は小雪じゃない。
「そうだよな。昨日は悪かったな。いきなり名前を呼び捨てにして叫んでしまって」
俺は、開き直ったような笑顔で独りよがりな勘違いのことを謝る。
「いえ、それは全然大丈夫ですけど…。そんなことより、涙が…」
「え?」
あれ…?なんで…もう受け入れたはずなのに。
「このハンカチ使ってください」
鳥の柄がついたハンカチを受け取る。あ…ちょっと、もう無理だ”
3年前突然姿を消した小雪に会えたと思ったのに、別人だった。そのショックは少しずつ俺の気持ちを削っていた。
「本当にごめんなさい。私のせいですよね…」
「違う。違うんだ。君のせいじゃない」
この子が悪い訳ではない。俺は、この子にそうであったらいいなという期待を勝手に押し付けただけだ。勝手に思い込んでいた俺が悪い。でも、有頂天な気持ちからどん底に落とされた俺の心は、もうズタボロだった。
小雪には、幼馴染としての絆と思い出がたくさん詰まっていたからこそ、この事をそう簡単には受け入れられなかった。
俺は、小雪のことが好きだったから。
望月さんがゆっくり背中をさすってくれる。その優しさに、どんどん涙があふれ出てくる。
「よしよし。私にはこんなことしかしてあげられないの。ごめんね」
ふたりぼっちの静かな教室には、俺の激しい嗚咽と、手のひらが優しく背中をさする音だけが響いていた。
じゃあ小雪と全く同じ見た目のこの子は誰なんだよ…。
小雪は、小雪はどこにいったんだ…。
あの後は、ずっと望月さんに背中をさすってもらっていた。緊急事態とはいえ、初対面の女の子にあんなにも甘えてしまったのは、男として不甲斐ない。でも、絶望していた俺はその優しさに救われた。
まだ、小雪と同じ見た目の望月さんを受け入れることは難しいかもしれない。でも、少しずつ知っていきたいと思う。
小雪のことは、またゆっくり探して行くことにする。いつか、小雪と再開できるって信じてる。
望月さんの友達が教室に入って来て、今回のことは曖昧な形で終わってしまったが、いつか今日のお礼をしたいと思った。
望月さんの友達がドアを勢いよく開けるから、甘えていたことがバレていないと良いのだが。
泣き目で女の子に背中をさすられている俺。知らない男を撫でている望月さん。絵面で言えば、その…あれだ、恋人同士に見えてしまうだろう。入学2日目にしてこんなところを目撃されていたら、事情を知らない生徒は、何事かと思うだろう。
まあ初日から色々あったが、人の優しさに多く助けられた。こんな感じで、俺の高校生活はいい形で始まったのだ。
望月小雪か…。
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