第2話 「これが運命っていうやつなんだな」
2
『ストン』と持っていた鞄がすり抜けるように手から滑り落ちる。
「望月…小雪…?」
その名前が視界に入った途端、俺の思考はスマホの電池が切れるみたいに突然真っ白になった。
クラス名簿に書いてあるその名前を何度も読み返す。目を擦って何度も確認する。何度も、何度も。
でも、何回見てもそこには望月小雪という名前があった。
俺は、鞄をその場に放置したまま走りだす。
何も理解していない。それでも、俺の体は教室に吸い込まれるように勝手に動いていた。
過去の思い出、小雪の顔、突然の出来事。今の頭の中は小雪のことで台風のようにぐるぐるしている。
本当に小雪なのか早く確認したい。
その一心で階段を1段飛ばしで駆け上がり正面玄関に向かう。
下駄箱で、靴を脱ぎ捨てて学校指定の室内履きも履かずに靴下のまま新しい地に踏み込む。
周りの人など気にせず水をかくように人の間を分けて廊下を走る。
「止ま……さい…!」
周りの新入生の声や教師が何かを言っているが、やけに籠って聞こえる。周りの声も視線もどうでもいいくらいに俺は必死だった。
それに、やっぱり2組の教室までの距離は長かった。いや、この時は余計に遠く感じただけかもしれない。
クラスの看板は新入生用に色とりどりな花で飾り付けがされているが、そんな綺麗な花に目もくれずに教室のドアを思いっきり開ける。
「バン」と大きな音が教室に響き渡り、周りの新入生が会話を止めこちらを一斉に振り向く。
教室内の生徒たちはいきなりの出来事に何が起こっているか分からず驚いた顔をしていた。
でも、そんな視線も気にせず俺は全体がいちばん見える前の教壇に立ち教室を見渡し小雪を探す。
一人一人顔を確認していくが、全員知らない顔だ。今日初めて会う人ばかりなのだから当たり前だ。
でも、教室の右奥。
窓際に1人ポツンと、自分の席に座りながら快晴で雲一つない富士山を眺めている女の子。
水のように指の間をこぼれ落ちそうな黒の長い髪が、春の暖かい風を受けてキラキラと輝いている。
なぜか、その女の子だけは他の人とは違い、色づいているように見えた。
その過去に何度も見た顔を見つけた瞬間、俺は息を呑んだ。
小雪だ。本当にあの小雪がいたのだ。同姓同名なんて日本中いくらでもいる。そう思っていた。
でもこの目で確認した。俺が小雪を間違えるはずがない。
そこにいたのは正真正銘3年前突然姿を消した望月小雪だった。
「小雪。小雪だよな?」
俺は、教壇からその名前を優しく包むように大切に呼んだ。
先ほどまでの焦る気持ちは一切なくなっていた。久しぶりにこの名前を呼んで、顔を見て安心したんだと思う。
その名前を呼んだ時は、台風が去った後の太陽のように暖かい気持ちだった。
それと同時になんというか、言葉に表せないような気持ちで溢れて少し泣きそうだ。多分、名前を呼ぶ声は少し震えていただろう。
3年ぶりに会えた。
突然いなくなった事を別に怒ってはいない。そんなことよりもとても心配だった。理由を聞きたかった。
それに、小雪に対するこの気持ちはずっと置いてきぼりだったから、伝えたいこともたくさんあった。
ずっと、会ってゆっくり話したかった。なんの話でも良い。昔みたいに、近所の猫の話とかくだらない話で良い。一緒にいるだけで全部楽しいと思うから。だって、小雪は僕にとって特別な人だから。
また出会えて本当に良かった…。そして、なにより元気でよかった。
窓を見ていた小雪が俺の方をゆっくり振り向く。
澄み渡った薄い水色の瞳と目が合う。
「ごめんなさい。どこかでお会いしましたか?」
「え…?」
数秒後…、俺の視界は真っ暗になった。
そこから後のことはあまり覚えていない。でも、これだけは覚えている。
小雪はまるで、別人のようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます