Iノチ大事に

 ムク・アルカーマ、17歳。

 カスミ・オスクノカ、16歳。

 ミコ・オスクノカ、14歳。

 そして僕。シム・イブカ、17歳。

 被害者3人、加害者1人。異物が作った歪なパーティは今────風呂に来ていた。

「と言っても、僕はもう上がってるんだけどね」

 勿論、混浴イベントはナシ。

 影で縛ったので怪我が沁みることもなし、すげー便利。

 異世界にも銭湯らしき文化があり、有難く浸からせてもらった。言うまでもなく男女は分かれている。

 既に宿舎と服は押さえて、僕は自分の部屋でくつろいでいる。

《にしても、自分だけ一人部屋で他は三人部屋なんて、君は傲慢だね》

「監視のためだから仕方ないが、悪い事をした自覚はある」

 にしても、僕のアドバイザー。

 自称神こと悪魔のメップは、何を企んでいるんだ?


 洞窟内から街まで移動している時、ムクに中断されていたオーブの説明をしてもらった。

 以下、回想シーン。


 ジャラジャラと集めた宝石を袋に集め、スライムの粘液を瓶に詰めて、僕達は洞窟から旅立った。不信感や恨みつらみ視線を背に、ムクへ問い掛ける。

 オーブの話。

「それ全部揃えたら、何が起きるんだ?」


 その答えは──────


「この世界をと繋げる大魔法が発動できる」


 異世界の、異世界。


 ──────現実世界。

 僕も一瞬混乱したが、メップが言うにはこういうことらしい。

《魔法陣を発動するにはオーブが必須なんだ。無尽蔵に近い魔力が必要だから、異常に魔力の多い者だったら誰でも使えるよ》

(はーん、なるほど)

「……世界が揺らぐってのはどういうことだ?」

 その可能性も有り得る。って言い方だったら納得できるが、なぜ断言しているんだ?

「もしも世界が繋がったまま時間が経てば、どっちの世界も消滅する」

 世界を背負う、オーブを守る責任。それがひしひしと、じっくり、ゆっくり、どんどん重くのしかかる。

「その話って、繋げた奴がいないと成立しないだろ」

「居たよ、過去に二度」

「セキュリティガバガバ過ぎない!?」

 つうかそれ、現実世界もやばかったってことじゃねーか!

《だから壊して欲しいんだよ》

「ざっくり130年前と、20年前だったかな」

 130年以上前……か。歴史に詳しい訳じゃないので、この時にどんなことがあったのか全然分からないな。

「って言うか、こんな話も知らないの?」

「知らんな」

「どこで暮らしてきたの?」

「わからん」

 20年以上前……2000年とかって産まれる前の話だし、1990年頃なんて本当に分からない。

「記憶喪失?」

「だな」

 こうして僕は、記憶喪失扱いになった。

「…………ちなみに、どんなことが分かったんだ? 二度もあったら分かったこともあるだろ?」

「一度目も二度目も、異世界から来た人間の犯行だってわかったの」

 ……?

 ちょっと待て。

って呼び方が多いかな。転移者が生まれる時は同じダンジョン内に強力なモンスターも湧いて、もしも転移者を見つけたら駆除しなきゃ行けないの」

 回想シーン、終了。



 つまるところは転移者は異世界にとっての害で、今までの転移者側はオーブを奪取し、魔法陣を完成させることが目的だった。

 なのに異世界側は両方の世界を滅ぼさないために、転移者は駆除するべしって目的で動いている。

 僕は魔法陣が目的じゃなくて、むしろ壊すことが目的だからまだ言いものの、それ自体も信仰されてるんだよな。

 何を企んでるんだ……?


 転移者VS異世界住民の世界なんて。


「……」

《悩み事?》

「……かもな」

 ダンジョン内の宝石が順当に売れ、スライムの粘液は売るのを辞めた。

 ちょっと、買い手が買い手だったもので。

「というか、通貨について教えてくれよ」

 ありがちな金貨、銀貨、銅貨が揃って、僕はその管理をしている。

《面倒くさいからやだよ》

「しっかりしろよメップ」

《……日銭稼ぎにしては中々稼いだね、そっちに変換すると10万円はくだらない》

 僕の手元にある物が一気に禍々しく見えた。貧乏学生の10万……!

 そういやこういう世界に税とかあるのかな……

 なんで宿舎って一人部屋なのに椅子が二つあるんだろう。

 じゃあ机も一つじゃなくて二つにして欲しいな。

 ムクに持っていてと言われたので持っているが、戦闘能力の無い僕が持ってていいのか? オーブはムクに持たせたけど。

 様々な疑念のような雑念が、浮かんで混ざって脳に駆け巡る。

《そんな事を考えられる状況かい?》

 神の天啓、悪魔の囁き。

 それで、足跡に気づいた。

 扉の前に、一人、いる。

「誰だ?」

 ムクなら、ここで返事をする。

 つまり……最悪を予想し、僕は離れた位置から手を伸ばして扉の鍵を開ける。

 念の為、もう三歩離れて。

「開けたぞ」

 僕とて別に死にたくない。

 生きたい。

「……失礼します」

 その声。扉を開いたその女は、妙に薄着の、湯上りだとわかるカスミ・オスクノカだった。


 僕は、オスクノカ姉妹に恨まれている。


 のぼせてしまったのか、こんなことを一瞬でも忘れてしまうとは。

《どうするのさ》

(わかんねえよ……)

 見たところ、刀は持っていない。

 直ぐに襲わないのは油断を誘っているのか? いや、もう幻覚の中……?

「やりに来たのか……」

「っ…………はい」

《今からムクちゃんのところに行くとしても、扉の位置は陣取ってるし、どうするの?》

 そんなことはわかってんだよ!

 煽ってんじゃねえよ!

 抉れる感覚嫌だったァ〜!! 散々人心のないロールしたって死にたくねェよ〜〜! やだよ〜やだよー!!

「……妹の、ミコの方は? 来ないのか」

 なんの質問だよ……

「い……妹は、まだ幼いから……私だけで……」

 ……目が全く合わないな、左肩を手で押えている。風呂や飯で血行は良くなったと思ったが、まだ顔色が悪い……?

 コミュニケーションで付け入る隙が……あるんじゃないか?

 よし! 僕は生きたい!

 僕はここを突くぞ! 精一杯突くぞ!

「幼い? 確かに惨いか。だが、見させるくらいはしたらどうだ」

 僕を最初に刺した時、見ていたしな!

「命令……ですか……?」

 心底、僕を疎む目。


 というかこいつ……口調変わってないか?

「……おいお前」

 全てを発する前に、カスミはビクビクと震えた。

 怯えているのか? 

 あ、表情が硬かったのか……?

《それは違うと思うけど》

 いや、湯冷めか。薄着だし、廊下はよく冷えるし、そんなこともあるか。

「とりあえず、中に入れよ。そんなにビクついて……寒いだろ」

 僕は、ニコリと笑ってそう言った。



 彼女は抵抗せずに僕の部屋へ入った。一つの丸い机を挟んだ二つの椅子の、部屋の奥の方に僕が座る。

 彼女が立ちっぱなので、対面の椅子に「ほら」と座らせる。

「…………はい」

 やっぱりだ。

 やっと合った目に、僕は問い掛ける。

「どうして口調を変えてるんだ?」

 、とキャラ付けみたいに言ってたのに、東京弁からです・ます調だ。

「……もっ、元々の口調を覚えているんですか?」

「言うに牙生えてそれかよ……」

 倒れてる時だから、僕は知らないと思ってるのか。

「覚えてる、男口調だったな」

「……どうして……」

「…………お前が剣術と幻術を使うなら、俺には年上らしく騙す術があるんだよ」

 その発言に、カスミは目を丸くする。否定も肯定もない、口を一文字に結ぶだけ。

(剣術を使うのは確定だけど、この反応じゃあ幻術の方がどっちか、わかんねえじゃねえか……)

《狡いね》

「楽になれ、お前らが何かを縛る必要は無い」

「それは……どういう意味ですか……?」

「言葉の通りだ。俺は賊であるお前らを否定するが、人の命や大切なものを奪わない限り、俺はお前らを縛らん。その能力を使って従ってくれるなら、毎日寝床も飯も風呂も用意する」

《重力をかけて脅すし影のような魔法で縛って従わせるし、これっぽっちも説得力がないんじゃないかな?》

 心は折るけど心は壊さない、自由になっていいが命を盗るのは許さない。特別なことはしてない。

 教育と同じだ。

《君の思想、強いよね……》

 今更か? 敬意を持つ奴以外見下してるんだからもっと早く気づいてろ。

「…………わ、わがまま、なんですけど」

「……言ってみろ、」

「妹には、手を出さないでください」

 もしかして、殺そうとしてきたと思ったが、勘違いだったのか?

(……そうか)

 明確な言葉を言っていないし、剣を持ってきてない。武器を仕込める服装でもない。

 手を出さないでくれというのは、暴力行為か……役割は壊したんだから、やる意味もない。

「わかった。お前達の絆に誓って約束しよう」

「……はい、ありがとうございます」

 カスミから、感謝をされた。

《あのさ、シムくん。ストックホルム症候群って知ってる?》

 知らん、スウェーデンの首都がどうした

《……なんでもないよ》

「……そうだ、最後に聞いておきたいんだが……」

 これは念の為の確認。

「賊になったのは、飢餓が原因か?」

「……はい。生きるためには奪わなければいけなかったので、私が決めました」

 その答えが、欲しかった。

 なるほど、王から褒賞を……

「頑張ったな」

 欲しい答えを、くれてやる。

「今日は部屋に戻れ。ミコが待ってるんだろ?」

「……! 戻っていいんですか……?」

 戻っていい、説教されてるようなもんだしな。そうなるか。

「口調。ま、いいぞ」

「……あの、口調の事なんですけど」

「?」

 子供の頃から経験していたはずなのに、17年生きて、まだ繰り返すつもりなのか。

 愚かな行動は、自分の身を滅ぼすと。

「妹の前でも戻らなくって、その……」

(……不味い)

 一種の障害……?

 素人診断だが、素人でもわかるほど不味い。

 もしくは統合失調症や鬱病、ストレスを与え続けると悪化する可能性もある。

 原因は? もう分かってる。原因は僕だ。

「そ」

 それは完全に僕が悪いな、一緒にいたら悪化するんじゃないか?

「それは、大変だな」

 口が開きっぱのまま、僕はカスミを見送った。


「……どうすればいい」

 設定を捻じ曲げるつもりだったし、役割は壊した。

 が、後遺症が出ている。

《役割壊すって今のスタイルが悪いとは思わないよ》

「じゃあ何がそこまで……」

《やり方だよ。策はいいが塩梅を見誤ったんだろう》

 塩梅……

 重力をもう少し弱めるとか……?

《君は生粋の悪なのかもな……》

「だってわっかんねーよ言われなきゃ」

《言われなきゃわかんないから拷問するのか?》

「……時と場合に」

《よらないよ?》

 人間関係は難しいな。

《人扱いはしてるんだ》

 本当はどうなんだろう。

 僕はあいつらを人間扱いしているのか?

 ……結構、暴力振るわなければセーフだと思ってる面があるな。

《じゃあ、そこじゃないかな》

「さっきからごちゃごちゃ言ってるが、お前の案なんだぞ。お前が始めた異世界転生だろ」

《そうか、そうだね。要約すれば私達はしっかりとした加害者で、共に罪を犯した者同士だよ》

 これからどうすればいいんだよ〜! 恨まれるのも殺されるのも覚悟してたが、本人に後遺症があるのは考えてなかったぞ〜!

《今は寝ればいい。その後、起きればいい》

 逃げる様で尺だが、とりあえずベッドへ横になる。

 そして僕は、横になったらすぐ寝るという不眠症が羨む即寝の技があるので、ぐっすりと──────したかったが、扉にノックされる。

「………………誰だ?」

 カスミか? 忘れ物なんてないよな。

 扉の向こうは見えないので、僕は開けるしか無かった。扉を開けると、そこにはムクが立っていた。

 剣を持って。

「……はっ?」

 瞬きをすれば、

「嘘をつかずに、答えて欲しいんだけど」

 僕の首のすぐ横に、剣身が置かれた。既に突き出され、置かれていた。少しでも動けば、当たる。

「……な」

 何故、こうなっている?

 殺されると思ったカスミは殺意もなく帰り、この面々の中で一番扱えると思ったムクには剣を向けられている。

「カスミがここに、?」

「……ああ、そうだが」

 心情が、分からない。

 何が起きてる?

 殺される。

「お風呂から上がったカスミがのままどこかに行ってたから、どこに行ったのって聞いたらね。からんだ」

 その剣幕に、僕も怯んでしまう。

(なぁ、メップ)

 剣呑な雰囲気が、この空間に漂っていた。

「どういうことって聞いてみれば、をしたんだって?」

 これは、もしかして僕、

 とんでもない勘違いを、してしまったのか?

《十中八九、そうだよ。実質奴隷少女の彼女らにさせてしまったと言い替えてもいい》

 最悪の立場に居る……!

「ねえ、どういうつもり?」

「いや、待て。特にそういった事をしたんじゃない」

 でも、だったらどうして

 ミコじゃなくて、会ったばかりのお前が怒るんだ?


《それって────》


「……シムは私がどれだけ重くても、受け止めてくれるよね?」


《君に惚れてるんじゃないの?》


 妙な目付きで、ムクは僕に向かってそう言った。

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