第27話 開幕
「……質問の意味がよく分からないんだけど?」
突然の質問に対して俺がそう言うと、八重は仕方がないといったように説明をし始める
「現在の叶夜くんの立ち位置はハッキリ言って微妙よ。このままなら妖怪に陰陽師にと、敵だらけになってしまう」
「かも知れないな」
確かに八重の言う通り、妖怪側でも陰陽師側でも無い俺と玉藻はその両方から敵対されるだろう。
だけどそれがさっきの質問とどう関係しているのか分からないで思わず首を傾げる。
「そこで提案したいのが陰陽師の……いえ、私の補佐として仕事をしないか? って事よ」
「それはつまり……保護下に入れって事か?」
「端的に言えば、そう」
「……」
それなら確かに陰陽師と敵対する事はないかも知れないが、結局は支配されるようで何とも言えない気持ちになる。
そんな事を考えていると、八重が先んじて説明の続きをしだす。
「先に言っておくと、叶夜くんと玉藻の前が繋がっている事は上層部は知らない。上は朧叶夜という一般人が龍宮寺八重の表の行動を補佐する。そんな認識しか持ってないわよ」
「……良いのか、それって?」
下手をすると八重の立場が危うくなるのではないかと思ってそう聞いてみるが、返ってきた反応は何とも微妙なものだった。
「何とも言えないわね。龍宮寺家の家長。つまりは私の母なんだけど、報告したらそうしなさいって言うんだから信じるしかないでしょうね」
「はぁ」
何とも言えない言葉に、思わず気の抜けた言葉を返す。
八重は八重で納得しきってはないような表情をしながらも説明を再開する。
「とにかく。上としては叶夜くんを警戒していないし、監視もしてない。現地の協力者は珍しくもないしね」
「それでも何時かはバレるんじゃないか?」
「でしょうね。けど一度決めた決定を、すぐさま変更するなんて器用な事は出来ないのよ。……褒められた事じゃないけどね」
心底疲れたような顔をする八重を見て、過去にも色々あったんだろうなと思いつつも口には出さない。
世の中には知らない方が幸せな事もあるのだ。
「……で? 結局どうする気なの?」
「質問がある。八重事態はこの事はどう思っているんだ? 話を聞いている限りだとそっちにはあんまり利益はなさそうに聞こえるけど」
そう聞くと八重はジッとこっちを見つめながら、その口を開く。
「経緯はともあれ、これは私にとっても幸運だと思ってる。……クラスメイトと命のやり取りだなんて、二度としたくないもの」
「……俺もだよ」
実力的にも精神的にも、二度と八重とは戦いたくはない。
それを踏まえて考えるのなら、この提案は悪くはないのかも知れない。
「正直に言って俺は賛成だけど、玉藻が何と言うか……」
「受ければ良いではないか」
「「わっ!?」」
寝てたと思っていた玉藻の声が聞こえて、思わず八重と一緒に驚いてしまう。
だが玉藻は気にした様子もなく、まるで世間話をするような気軽さで進めていく。
「陰陽師娘とおった方が叶夜の修行になるやも知れんし、保護下じゃろうとなんじゃろうと別に好きにやらせてもらうしのう」
「……まあ行動を制限する気はないけど」
渋い顔をした八重の答えを聞いて満足げな玉藻。
行動を制限される事はないのは俺にとってもいい事であるはずなんだが、玉藻が言うとどこか不安が勝る。
「と、とにかく。玉藻の前も了承した事だし、この件は受け入れるって事でいいのよね」
「ああ。どれだけの付き合いになるかは分からないけど、これからよろしく頼むよ八重」
「……」
「? どうした玉藻?」
ジッと俺と八重を見つめている玉藻が気になってそう聞くと、とんでもない事を言い出したのだった。
「いや、ロマンスが始まりそうな予感じゃなと」
玉藻の発言に思わず絶句していると、八重が椅子から勢いよく立ち上がる。
「ば、ばばバカな事言わないでよ! わ、私! もう帰るから! じゃあ叶夜くんまた学校で!!」
そこまで一息で言うと、八重は急いで病室を出ていったのであった。
「随分とあの陰陽師娘はからかい甲斐があるのう。これからしばらくは楽しめそうじゃな」
「ほどほどにしていてくれよ?」
「分かっておる」
(絶対分かってないな)
そんな事を心の中で思っていると、玉藻がこっちに振り向きながら突然頬を撫でてくる。
「玉藻?」
「ん。怪我は完治しておるようじゃな」
「……ああ。お陰様で」
「なら良い。ここで倒れられても困るしのう」
そう偉そうに言いながらも、玉藻は薄く笑みを浮かべる。
十人いれば全員が美しいと評するだろうその笑みを受けて思わずドキッとしてしまうが、普段の行動を思い出すと不思議と収まっていくのを感じた。
「何じゃが物凄く失礼な考えを起こさんかったか、叶夜?」
「気のせいじゃないか?」
「……まあ良い。それよりも起きたのじゃからさっさと家に帰ろうぞ。ここは薬臭くて居心地が悪い」
「はいはい。……あっ、そうだ玉藻」
「何じゃ?」
さっさと病室を出ようとする玉藻を引き留めて、俺は万感の思いを込めて言葉を口にする。
「これからもよろしく。玉藻」
「……叶夜もな。精々我を楽しませよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ふぁ~~」
「大きな欠伸じゃのう」
その翌日。
何時もの通学路を歩いている俺の隣には玉藻がニヤニヤしながら歩いている。
これからはコレが日常になるのか思うと少しばかし煩わしい気もするし、楽しみな気もする。
……それはそれとして。
「なあ玉藻。本当に皆には玉藻の姿は見えていないんだよな?」
「? 何をいまさら。以前もそうじゃたじゃろう?」
「いや、そうなんだけど。なんか注目を浴びているような……」
何だか俺を見てヒソヒソと二人組が耳打ちしているし、やけに視線が突き刺さっているような気がする。
「う~ん、そうかのう。気にする程ではないではないかのう」
「……だといいけど」
確かに玉藻の言う通り気にする程でもないのかと思って再び進み始めるが、段々と視線がさらに集まってくるような気がしてならない。
「お~い! 叶夜!」
「っ! 何だ、信二か」
突然声を掛けられて思わず警戒してしまうが、正体が信二だと分かってホッとする。
一方で信二は興奮した様子で俺の肩をバシバシと叩く。
「いや~! やったじゃないか叶夜!」
「は? 何が?」
「隠すなよこの色男! 興味ないなんて言ってたくせにしっかり青春してるじゃなぇか!」
「???」
信二の言っている意味が分からなくて怪訝な顔をしていると、向こうも様子がおかしい事に気づいてか不思議そうな顔をする。
「え? もしかしてマジで分かってない?」
「そうだよ。さっきから何言ってるんだよ」
「いやいや。だってお前、龍宮寺と付き合い始めたんだろ?」
「……はぁ!?」
思わぬ発言に大声を上げると、信二は驚いたような顔をする。
「え? 違うのか?」
「待て待て待て! 何処からそんな話になっているんだ!」
「いや、昨日ある病院から龍宮寺が真っ赤な顔をして飛び出して。その数分後にお前が出て来たからてっきり……」
「じゃあまさか。このやけに顔を見られると思ったけど、それって」
「もう既に学校中の噂だぜ? 話題の美少女転校生が、恋に落ちたってな」
「……」
思わぬ事態に絶句していると、信二が大笑いしながら俺の横を通っていく。
「そう照れるなって! 他の奴が何て言おうと俺は応援しているぜ!」
「いや、ちが」
「じゃあ先に行くからな!」
信二は俺を置いて走り去ってしまい、その場には俺と玉藻しかいなくなってしまった。
ふと後ろを振り向けば、そこには顔を真っ赤にした八重の姿があった。
お互い硬直していると、玉藻が心底愉快そうに笑っている。
「全く。飽きないのう」
四月も終わりに近づいたある日の出来事。
これが非日常に変わった俺の日常の始まりだった。
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