第26話 問い

『なんで? ……どうして?』


 ――夢を見ている。

 そんな確信めいたものを感じながら、まるで映画のワンシーンのように目の前の泣いている少女を見ている。


『ただ__を知りたかった。それだけなのに』


 所々ノイズが流れるせいで何て言っているかまでは分かりずらい。

 それにどこか目の前の少女に見覚えがある。

 そんな感覚がするのに思い出せない。


『痛い……やめて』


 涙こそ見せていないが、その声からは悲痛な思いが伝わってくる。

 声をかけたい気分に駆られるが、夢のせいなのか口も体も動かない。


『やめて……もう、傷つけたくない』


 そうしている内に少女しか見えなかった視界が段々と広がっていき、クリアになっていく。

 広々と広がる草地に、少女はただ一人。

 そう、ただ一人で泣いている。

 他に慰める人も、同情する人も。

 それどころか少女以外は何もない、そんな場所だった。


『どうして? ……なんで信じてくれないの?』


 一度クリアになった視界だったが、段々とまたぼやけてくる。

 夢から覚めていくのか少女の声も聞こえなくなってきて、ほとんど何を言っているか聞こえなくなってきた。

 それでも何か目の前の少女に何かをしてあげたくて、必死に手だけでも伸ばそうとする。

 だけれどもその手が届く事はなくて、まるで足元が消えていく感覚がしたかと思うと落下するように少女と離れていく。


『いや……いやぁぁぁぁぁぁ!!』


 そんな叫びと傷だらけになっていく少女を最後に、俺の意識は途絶えた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「……夢?」


 目が覚めると、まだ覚醒しきってない頭でそんな事を考える。

 どんな夢だったかはあまり憶えてないけど、それでもいい夢ではなかった事は思い出せる。

 まあそれよりは今の状況を考えないといけない。


「ここは……病院?」


 寝ていたベットや独特の薬のような匂いから考えると、ちらっと窓を見る。

 日差しが差し込んでいるところから考えて、ここは裏世界じゃないのは明らかだ。

 取り敢えずベットから起き上がるが、そこで意外な人物が寝ているのを発見する。


「どうして玉藻が?」


 いや一緒に戦っていたのだから居るのは分かるのだが、何故大妖怪がこんなところでまるで看病していたような位置取りで寝ているのだろうか?

 起こすかどうか悩んでいると病室が静かに開けられて、そこからもう一人の戦友が顔を覗かせる。


「叶夜くん。よかった、起きたみたいね」

「八重」


 八重は心底安心した表情を見せると、近場にあったパイプ椅子をベットによせて座る。


「大丈夫? 気分は悪くない?」

「ん。どこも痛まないし、気分もそれほど悪くない」

「そう」


 そう言うと八重は持っていた袋からコンビニで買ったようなタマゴサンドを取り出して俺に渡してくれた。


「取り敢えずこれでも食べて? アレルギーはなかった?」

「大丈夫。ありがとう」


 素直に受け取ると、一口食べる。

 どうやら知らない内にお腹が空いていたようで、一個食べると誘い水のようにお腹が空いてきた。

 ……が、今はそれよりも聞かないといけない事があるだろう。


「八重、飯をもらったばかりで悪いんだけど」

「分かってる。まずはこっちから説明させて? 質問はその後、でね」

「……分かった」


 先走りたくなる気持ちを押さえながら、俺は八重の説明に耳を傾ける。

 八重の方も姿勢を正し、互いにどこか緊張感が走る。


「まずここについてだけど、ご覧の通り病院よ。ただし陰陽師と縁のある、ね」

「そんな病院があるのか?」

「一般人の知らない所で意外とそういう場所は多いの。特にここは私の家である龍宮寺家が出資している町医者だから融通が利くしね」

「へぇ~」


 今後の役に立つかは別にして、豆知識を得た気分になり思わずそんな声を漏らす。

 八重はこの反応に笑みを零しながら、説明を再開する。


「それで、ここにいる経緯だけど。あの戦いのあと叶夜くん気絶しちゃったの。体力も消耗していたし、どうせなら病院の方がいいと思ってこっちに運ばせてもらったわ」

「そうか……迷惑をかけたな」

「迷惑だなんて。……むしろ謝らないといけないのはこっちよ」

「え?」


 正直意外な言葉に驚いていると、八重は深々と頭を下げる。


「八重?」

「ごめんなさい。事情はどうであれ、余計な戦いに巻き込んでしまったのは事実。責任は私にあるわ」

「いや、でも。あいつらは俺……と言うか玉藻を狙ったんじゃなかったけ?」

「だとしても襲って来たのは陰陽機。正体不明とは言ってもそれが事実である以上は逃げる気はない」

「……そうか」


 言いたい事は多々あるが、俺はそれを飲みこんだ。

 これは八重の矜持の問題だ。

 それに首を突っ込むのは、彼女にとって不快でしかないだろう。


「……」

「……」


 思わず黙り込んでしまう俺たちだったが、このままでは埒が明かないので俺から質問する。


「で? 結局アイツらの正体は不明なままなのか?」

「ええ。調べてみたけど痕跡らしいものは全て消えていたわ。まあ元々望み薄ではあったけどね」

「……確かに」


 相手が陰陽師関係の人物であれば、証拠を消す事など楽勝だろう。

 釈然とはしないが、この件に関しては諦めるしかないかも知れない。


「……」

「八重? 何かあったか?」

「え!? な、何でもないわよ」

「……」


 八重は八重で何かを隠しているような感じはするが、追及するのは止める。

 立場もあるだろうから言えない事もあるのだろう。

 とにかく今は別の疑問を潰していこう。


「で? どうして玉藻はココで寝ているんだ? まるで看病をしていたかのようだけど」

「はぁ。まるで、じゃなくて本当に看病をしていたのよ。信じられない事に、ね」

「え!?」


 何気に今日一番の驚きだ。

 正直玉藻はニヤニヤと笑いながら俺が寝ている様を見ている側だと思っていた。


「病院に着いてからも一時も離れずに叶夜くんを見守っていたわ。……あまり言いたくはないけど、随分と気に入られているみたいね」

「……」


 正直その言葉にはどう返していいか分からないが、それでも玉藻には感謝しないといけないだろう。


「けどここ陰陽師が関係している病院なんだろ? 玉藻を入れても大丈夫だったのか?」

「うん……まあ、良くはないわね」


 苦笑いを浮かべながらそう返す八重が玉藻を入れるのにどれだけの苦労をしたのかを察して、俺は八重に頭を下げる。


「すまん」

「いいわよ別に。この程度、私がかけた迷惑に比べれば」

「だとしても。俺が今ここにいるのは八重のお陰だ。助けてくれた事も含めて、ありがとう八重」


 そう言うと八重は何故か顔を赤くしながら俺をボーと見ている。


「八重?」

「な、何でもない!!」


 そう言ってそっぽを向く八重に疑問を感じながらも、これ以上突っ込むのは危険だと感じて口を閉じる。

 一方で八重は未だに顔を赤くしたまま話題を逸らすように口を開く。


「そ、それにしても。流石は歴史に名を残す大妖怪と言ったところね。あれだけ妖力を消耗した上に、治療もこなすなんて」

「ん? どういう事だ?」

「気づいてない? あれだけの戦闘をしたのに怪我が一つもないって」

「そう言えば」


 考えてみれば戦闘中でもかなりの怪我をしたはずだったのに、今は痛むどころか調子が良いぐらいだ。

 てっきり話の流れから八重かここの医師が治療してくれたのかと思ってたが、玉藻だったらしい。


「流石に妖力が減ったとか言って今は寝ているけど、本来ならこの程度片手間でしょうね」


 そんな八重の言葉を聞きながら、俺は寝ている玉藻の顔を見る。

 相変わらずの美人ではあったが、その表情が何故かさっきの夢を思い出させる。


(……まさかね)


 そう結論づけると、俺は一番確かめなければいけない事を八重に質問する。


「それで……俺はこの先どうなるんだ?」

「……」


 その質問に対し八重は真面目な表情になると、意を決したように口を開く。


「その前に、ある質問をしないといけないわ。……よく考えて答えて」

「分かった」


 その言葉に、俺も緊張しながら八重の質問を待つ。


「朧叶夜くん。あなたは」



「私と一緒に、戦う気はある?」

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