断章 八重(2)

「……本当にそれで良いのね?」

『ええ構わないわ。アナタの好きな様にしなさい、八重』


 しつこい位に確認する私に対して、電話の相手である私の母は怒る訳でもなくただ優しく肯定する。

 ……その事実が私の不信感を加速させていく事を、向こうは理解しているのだろうか?


 私は戦闘が終わり叶夜くんを陰陽師と関連している病院に連れ込んだと同時に、上司にも当たり家長でもある龍宮寺志穂に連絡を取った。

 直接上層部に報告するよりも融通が利くと思ったし、何より謎の陰陽機の件がある以上は下手に上に報告する訳にはいかなかったからだ。

 けれど、全てを報告し終えて緊張している私を待っていたのは意外な答えだった。


『好きな様に対応しなさい』


 思わずハァ? と言いたくなるのを我慢して問い詰めるけれど、調査はしてくれるがこちらの事情。

 特に叶夜くんや玉藻前に関しては何も口出しする気はない、そう言う答えしか返ってこなかった。


(都合が良すぎる)


 私としても別に戦いたい訳でも記憶を消したい訳でもない。

 それでも良くても監視付きの生活は免れないだろう事は考えただけに、こちらの都合のいいようにしていいというのは流石におかしいと思う。

 ある疑問が胸の中を占めていき、電話越しとは言え聞かずにはいられなかった。


「……聞いておきたいんだけど」

『何?』

「この件に関わって、いないわよね」

『……』


 もしもこの件に陰陽師が関わっているなら、途轍もない実力者がバックにいる事は間違いない。

 残念な事に母はその条件にピタリと当てはまってしまう。

 実の母親を疑いたくは無いけれど、それでもここ最近の母の行動は可笑しな部分が多すぎる。

 考えてみれば私が叶夜くんと知り合ったのも、地元の学校に通う予定だったのを母が無理やりここの学校に通わせる事にしたから。

 必要最低限な使用人以外も家から追い出したり、家に引き込もりがちになったり不審な点が多すぎる。


『……そうね。八重が疑うのも無理はないわ』


 長い沈黙のあと、母はどこか悲しそうな声をしながらそう答える。

 罪悪感が胸を襲うが、それでも聞かない事には前に進めない。

 それを知っているからか、母も私を責めたりはしない。


『けど今は話す事は出来ないの、ゴメンね』

「理由は?」

『知らない事が幸せな事もある。そういう事よ』

(話す気はない……か)


 全てを話してもらえるとは思っていなかったけど、こうして拒否されると中々にくるものがある。


「……分かった」


 言葉とは裏腹に、心の中では母に対する疑念が膨らんでいく。

 けれど電話で追及しても無駄だろうし、遠く離れたこの土地では身辺を調べるのも無理だろう。

 だから一旦ここは信じるしかない。

 叶夜くんを敵に回したくない気持ちがあるように、尊敬する母親と揉めるなんてしたくはないから。


『八重。ありがとうね』


 そんな気持ちを察してか、母はそう優しく言ってくれた。

 その言葉に嬉しいような、罪悪感を湧くような微妙な気持ちになりながらも電話を切ろうとする。


『それで?』

「何が?」

『その男の子はどうするつもりなの? ああ、これは家長としてじゃなくて母親としての言葉だから』

「……本人も戦う気はあるらしいし、ここは陰陽師補佐として働いてもらおうかなって思っているけど?」


 叶夜くんの頑固さはあの一戦でよく分かった。

 このまま放置するよりは、目の届く範囲で無茶してもらった方がまだ安心できる。


『ふ~ん。そう』

「? 何よ?」

『別に? ただ八重にそこまで思われるその男の子がどんな子なのか、ますます興味が湧いただけ』

「は、はぁ!?」


 意味深とも取れるその言葉に思わず大声を上げてしまうけれど、母は気にした様子もなく話を続ける。


『だって八重は親しくもない人間にそこまで気をかけたりしないでしょ? そんなに

短期間で八重の心を射止めた男の子が気になるのは当然、でしょ?』

「っ! 違うから! 単に世話になったから気になるだけで! べ、別に好きだとか……」

『あら。別に好きかどうか何て一言も言ってないわよ』

「っ~~~~~!!」


 恥ずかしさのあまりに何も言えなくなっていると、母の笑い声が電話越しから聞こえる。


『まあ何はともかく頑張ってね八重。応援しているから』


 そう言うと同時に電話が切れる音が聞こえ、通話が終了された。

 思わずスマホを投げつけたくなるのを必死に抑えながら、心を落ち着かせる。

 既に叶夜くんの病室の前に立っている。

 この気持ちのままだと動揺を察せられてしまう。


「……」


 頭が冷静になっていくと同時に、今後のやるべき事が見えてきた。

 しばらくは叶夜くんと共に行動しながら、可能な限り上層部を探る。

 ……もちろん母もである。

 そしてその件を、叶夜くんにバレる訳にはいかない。

 これはあくまで陰陽師として片づけなければいけない案件。

 巻き込む訳にはいかないのだから。

 そう心に決めると、寝ているかも知れないから静かに扉を開ける。


「叶夜くん。よかった、起きたみたいね」


 けど、その前にこの頑固者を説得しなくちゃね。

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