第19話 理由
「……来たわね」
通い慣れた学校の校門前。
そこに八重はただ一人で待っていた。
既に時間は深夜帯であり、周りは非常に静かだった。
「昨日ぶりだな八重。……何だか凄い恰好をしているが」
「お、思っていても言わないでよそういう事は!」
いま八重が着ているのは制服や私服ではなくて、漫画やアニメで出てくるパイロットスーツのようなものだった。
八重は体を隠すようにくねらせるが、より一層に色気を増している事には気づいていないようだ。
顔を赤くしていた八重であったが、やがて落ち着いたのかコホンと咳払いをすると真面目な表情になった。
「叶夜くん。答えは……聞かなくてもいいわね、その様子だと」
先ほどから俺の後ろで黙り込んでいる玉藻を見つめながら八重は軽くため息を吐く。
「ああ。悪いけど提案には乗れない」
「どうして? アナタと玉藻の前がどうして出会ったのかは知らない。けどそれは本当にアナタの命を賭けてまで価値がある物なの?」
「少なくとも俺はそう思っている」
「……」
俺の答えを聞いて黙り込む八重。
その様子を見ながら、俺は思いの丈を口にする。
「確かに。本当は八重の言う通りにした方が正しいのかも知れない。この事に関しては俺の方が圧倒的に無知だしな」
「……でも?」
「ああ、それでも」
そう。
でも、なのだ。
「あの時。あの日助けてくれたのは他の誰でも無い、玉藻なんだ」
「!? ……」
「本人には気まぐれでも俺にとっては恩人だ。その恩人をそう簡単に忘れろなんて、納得できる訳ない」
「そう……かもね」
「弱すぎるかも知れない、その程度のものだと思う。……それでも、これが俺が戦う理由だ」
正直言っている事が文章として纏まっているかも分からない。
けれど言いたい事は全部言い切った。
「……そう言う訳じゃ陰陽師娘。叶夜は我と一緒の方が良いそうじゃ。モテる女で辛いのう」
「いや、今そういうボケ要らないから」
「もう少し敬意があっても良いと思うが!?」
「恩義と敬意は別物なもんで」
ある意味俺たちらしいとも言えるやり取りをしていると、呆れたような深いため息が耳を打つ。
「確かに呆れる理由。そんな理由で納得するのはごく少数でしょうね」
「だろうな」
「けど……。それでしっかりと前を見れるのなら、それも立派な理由なんでしょうね」
そう言って八重は俺に微笑む。
きっとそれは心からの笑みだと信じられる、綺麗な笑みだ。
だがそれも一瞬の事だった。
八重はすぐさま顔を引き締めると、一枚の札を取り出した。
「そんな叶夜くんだからこそ、こっちも引く訳には行かないの」
そう言って持っていた札を地面に叩きつけると同時に、周囲一帯が一瞬歪んだようになる。
そしてそれが落ち着いた時には、月が青白くなっていた。
「っ! 裏世界か」
「流石にあっちで暴れる訳にはいかないからね、こっちで決着を付けましょう」
「一人きりでか? 随分と舐められたものじゃのう」
確かに玉藻の言う通り、周囲に他の陰陽師が待ち構えていた。
なんて事はなく、そこには相変わらず八重が立っているだけであった。
「……三尾程度の力しか出せない狐の処理ぐらい、一人で十分よ」
「ほう? 随分と大ぼらを吹くではないか。覆水は盆に返らんぞ?」
「残念だけど、有言実行を常に心掛けてるの」
八重はそう言い切ると、先ほどとは別の赤い札を取り出す。
「来なさい! 『鬼一』!」
宙に投げたその札が輝くと、以前見た赤いロボットが姿を現した。
「ここから先は命のやり取り。……本気で戦う事ね」
八重は新たに札を取り出すと、どこかへワープしたかのように消えていった。
「陰陽機に乗り込んだようじゃな」
「……玉藻、頼んだ」
そう言って玉藻の手を握り目をつぶる。
そして目を開けた時には、既に怪機となった玉藻の中だった。
「叶夜くん。覚悟、出来てるわね?」
八重はそう陰陽機越しに言うと、刀を鞘を引き抜き構える。
それに対してこちらも、刀を妖術で造り出し相対する。
「……行く!!」
そう宣言すると、八重が操る陰陽機は一気に俺との距離を詰める。
そして刀を大きく横へ薙ぎ払うが、それを間一髪で受け止める。
「まだまだ!」
素早く刀を引くと、八重は突きを繰り出していく。
初めて戦った時と比べて、別格な動きを見せるその突きを受けつつ俺は比較していた。
(確かに早い。……けど、水虎よりは遅い!)
そう思いながら、俺は八重の刀を弾く。
「っ!!」
これは予想外だったのか、八重は大きく後退する。
「今じゃぞ」
「分かってる!」
玉藻に言われるまでも無く刀を構えたまま前に出る。
「まだ!」
だが八重は陰陽機から札を取り出すと、こちらに投げつけてきた。
「うおっ!?」
どんな札かは分からないが、少なくとも素直に喰らってはいけないと直感で覚る。
だが躱すには既に距離が近すぎる。
俺は突進の勢いのまま、札を切り裂く。
通り過ぎるのと同時に、切り裂かれた札は二つの爆発となった。
「くっ!」
「お返しだ!」
今度は逆にこちらから距離を詰め、刀を振るう。
「そう簡単に!」
かなり不安定な体勢ではあったが、八重はその一撃を防いでみせる。
だが続けざまに陰陽機の腹部に繰り出した拳までは防げず、直撃を与えられた。
続けざまに攻撃しようとするが、八重はまた新たに札を取り出す。
すると煙幕のようなものが視界を奪う。
「こんな物で!」
素早く煙幕を振り払うが、その時には既に八重は大きく距離を取っていた。
「……」
「……」
そこからしばらくは武器を構えてのにらみ合いとなってしまう。
息の詰まるような緊迫感が体力を奪う中で、再び八重がこちらに話しかけてくる。
「大したものね。以前まで素人とは思えないぐらい」
「褒めてる。……で、良いんだよな」
「勿論」
戦闘中とは思えないほどに穏やかな口調で俺に話しかけて来る八重。
と同時に八重が操る陰陽機の手に二枚の黒い札が握られていた。
「本音を言えばコレを使う前に決着を付けたかったけど、そうも言ってられないわね」
八重はそう言って二枚の札を宙に投げると、黒い渦となり二体の巨体が姿を現す。
「あれは!?」
「式神じゃな。名前ぐらいは知っておるじゃろ?」
「その通り。この二体こそ我が家を代々守護してきた式神の牛頭と馬頭!」
牛の頭をしたロボと、馬の頭をしたロボ。
二体が俺たちを威嚇するように睨みつけている中で、八重の陰陽機もゆっくりと前に出る。
「気を付けよ叶夜。どうやらここからが本番のようじゃ」
玉藻がそう言うのと同時に、八重が宣言する。
「さあ、勝負を始めましょう。叶夜くん」
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