断章 八重
「ごめんなさい母上。陰陽師として情けないです。」
それは私が幼い頃、陰陽師としての修行で無理をしすぎて倒れ布団で寝込んでいた時の事だったわ。
龍宮寺家は陰陽師としては歴史は浅くて、江戸時代初期の頃から活躍してたが数多くの陰陽師を輩出してきた家系。
その中でも母は一族の中でも一二を争う実力者。
だから方々を飛び回っていて偶にしか会えなかったけど、その時は付きっきりで看病をしてくれたわ。
そんな母親に罪悪感を抱いた私は母にそう言ったら、母は悲しそうな顔をしたのを覚えてる。
「謝るのはこっちよ八重。こんなに苦しい思いをさせて」
私は驚いた。
母はどちらかと言えば奔放で、そんな風に謝るだなんて思っても見なかったから。
「……ね、八重。何故私が陰陽師になったか、分かる?」
「そ、それは我が家が代々続く陰陽師だから」
「フフ、そうじゃないの。むしろ私は若いころ陰陽師を嫌ってたわ」
「え!?」
私はさっきより驚いた。
陰陽師として名を馳せた母が、陰陽師を嫌っていたなんて思えなかったのだ。
「私の母、八重のおばあちゃんは本当に厳しくてね。自由なんて本当に無かった。だから私は陰陽師を止めたくて止めたくてしょうがなかった」
祖母は既に他界していて、話した事は無かった。
だけど、飾られている写真を見れば確かに厳格そうな顔をしている。
「けどね。そんな時唯一自由だった学校の友達が妖に襲われたの。偶々居合わせて倒せたから良かったけど、そうじゃなかったらその友達を失ってたでしょうね」
どうしてそのような話をしているか分からなかったけれど、母の話に私はただ耳を傾けていた。
「八重。私は無理にあなたに陰陽師になれ、とは言わないわ。修行を止めて別の道を行くとしても応援する」
「母上……」
「けどね八重。もしあなたが本気で陰陽師になると言うのであれば一つ、たった一つの事を守って欲しいの」
「一つ?」
「そう一つ」
「妖を倒す事?」
「違う」
「掟を守る事?」
「違う」
「……分からないです」
白旗を上げると母は微笑んで、私の頭を撫でながら説明してくれた。
「それはね八重。人を守る事を第一にして欲しいの。その為なら陰陽師としての掟なんてそこら辺の犬にでも喰わしておきなさい」
「そ、そんな事を言っても大丈夫なのですか?」
私は慌てながら母に聞く。
陰陽師にとって掟は重要である。
この話を聞かれたら、母は陰陽師としての信用を完全に無くすだろう。
「いいのよ。上が何て言おうと、他の陰陽師が何て言おうと。私にとって大切なのはその一点なのだから」
「母上……」
「だからね八重。もし掟と人の命を天秤にかける事があったなら、迷わず人の命を取りなさい。後の事なんてどうとでもなるわ」
「……分かりました母上」
「よろしい。あと実の母親に敬語はやめなさい。家族でいる時ぐらい気を楽にしていいのよ?」
「分かりま……分かった。お、お母さん」
その時見せた母の顔は、どこまでも透明で美しい笑顔だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「懐かしい夢を見ちゃったな」
私はセットしていた目覚ましで目を覚ます。
外を見れば辺りは既に夕暮れに包まれていて、オレンジ色に染まろうとしている。
「……あと数時間、か」
そう。
約束していた夜の八時まで、あと数時間。
時間が来れば、彼から答えを聞かなければならない。
「……」
正直に言えば、気が重い。
陰陽師として何度も仕事をしてきたけれど、こんなに気持ちが落ち込むのは初めて。
「朧……叶夜」
あの日、不意打ちで襲って相手が彼だと知った日。
彼が妖怪に関わりある家系であるか、徹底的に調べた。
結果分かったのは、完全な一般人だという一点だけだった。
戦いから見れば信じられないけれど、事実は受け止めなないといけない。
「本当に。何がどうしたら、あんな大妖怪が憑りつくのよ」
そう言いながらも、自分の口元が緩むのが分かる。
短い。
本当に短い時間だけれども、それでもどこか彼らしいと思ってしまう。
素直とは言えないような性格でも、人の良さがにじみ出てる。
正直に言えば、近くにいて楽しいと思える人だ。
「本当に、こんな出会いで無ければ良かったのに」
もし彼がこんな事に関わってなければ、素直に高校生活を楽しめていたかも知れない。
そんな、あり得なかった未来を想像しながら私は陰陽師としての服装に着替え始める。
大昔なら狩衣と呼ばれる服に着替えるだけで良かったらしいけど、今は違う。
まるでウェットスーツのような、肌に張り付くような服。
術者の呪力を強化し、尚且つ機能性を重視した所謂パイロットスーツ。
「理屈は分かるけど、ね」
私としても機能的には何の文句もない。
こう見えて通気性もよく、服の下に着こんでも問題がないのは便利だと思う。
けれどあまりにピッチリしていて、体のラインがどうしても出るデザインは改良の余地があると思う。
「ふぅ」
既にこのパイロットスーツを着るのも慣れたもので、手早く着替え終える。
用意しておいた札を確認しながら、思考は段々と彼の事から狐の事に切り替わっていく。
「玉藻の前」
かつて京を騒がして、那須の地にて打ち破った大妖怪。
本来であれば討伐隊を結成して討伐するべきような相手で、自分一人で敵うなんて自惚れる事は出来ない存在。
「それでも」
そう、それでも。
私はこの事を誰にも報告をしていない。
この地域を担当している陰陽師にも、尊敬している母にも。
もしこの事がバレれば、処分が下る事は間違いない。
手柄を立てたいとか、そんな理由からじゃない。
もし討伐隊を結成すれば、彼の事は隠しようもない。
そうなればもしあの九尾を倒す事が出来たとしても、彼は記憶を消された上に今後は陰陽師による厳しい監視を受ける。
「そんな事、させちゃいけない」
彼は本当は一般人なのだから。
何がどうなって現状となっているかは知らないけれど、守るべき対象なのは変わりがない。
「だからこそ、一人で何とかしないと」
幸いにも、彼は九尾の力を全て引き出すには至っていない。
三尾としての力だけなら、全力を尽くせば一人でも倒し切れるかも知れない。
「負けられない」
おそらく彼は、戦う事を選ぶと思う。
知っている限りの性格なら、素直に諦めるとは思えないから。
九尾がどう出るかは知らないけれど、それでも簡単に離れるとは思えない。
詰まる所、戦闘は避けられないと思ってる。
「お願い
技術者としても優秀な母が私専用に造り上げた『陰陽機』、鬼一。
義経伝説に出てくる陰陽師から名を取った、赤を基調とした機体。
通常の『陰陽機』と比べてかなり馬力が出せる鬼一を渡す時、母が言っていた事を思い出す。
「八重。これから先、様々な困難が待っていると思う。こんな事しか出来ないけれど、この力が八重の力になる事を祈ってる」
……母がこの状況を読んでいたのか、それは分からない。
けど少なくとも、いま必要な力を与えてくれた事には感謝してもしきれない。
呼び出すための札を仕舞って、私は外を見る。
考え事をしている内に時間が経ってたみたいで、夜の帳が降りていた。
「……よし」
頬を叩き、気合を入れ直す。
不審がられないように、上に普段着を着てから玄関へと移動する。
「……」
その途中で、昨日彼に言いかけた言葉が脳内を過る。
その考えを振り払うように頭を振る。
(それは単なる願望よ、八重)
彼と一緒に行動したいと言う欲だと自分に言い聞かせて、私は玄関を開ける。
大きく深呼吸して、彼の元に向かう。
—―彼を自分の補佐として傍に置きたい。
そんな考えを置き去りにして。
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