第17話 決断
「……」
最初から分かっていた事では、あった。
だけどこうして本人から口にされると、息を吞んでしまう。
……同時に、ある事が俺の中で確定する。
「あの時出会ったのも仕組んだ事で、近づいて来たのも情報収集のためか」
ショックじゃないと言えば嘘になるが、覚悟はしていた事だ。
だが、そう伝えようとする前に
「違う!!」
驚くほど大きな声による八重の否定が入った。
思わず目を疑っていると、当の本人も予想外だったようで。
「え? あっ……ご、ごめんなさい」
と自分自身に驚きながら謝ってきた。
八重は軽く咳ばらいをすると、落ち着いた様子で説明してくる。
「疑う気持ちは分かるわ。私も偶然にしては出来過ぎだと思うけど、あの日出会った事。そしてこの高校に編入した事にも、一切の裏は無い」
「……」
「そして叶夜くんに近づいたのも、助けてくれた同級生と仲良くなりたかったからという面が大きいの。……狐臭さは感じていたけど」
「出会った事も再会も、偶然だったと?」
「ええ」
そう短く答える八重の目は真剣そのものだった。
昨日食堂で言っていた事にも矛盾はないので、本当に嘘ではないのかも知れない。
(だけど、あり得るのか?)
どんな確率かは知らないが、こんな奇跡に近い事が起きるぐらいなら宝くじにでも当選したかった。
不安そうな八重の顔を見ながら、信じるべきか悩んでいると今まで黙っていた玉藻が口を開く。
「あれだけ真剣な言葉を疑うとは、お主はそれでも人間か?」
「妖怪に言われたら終わりだな俺も」
そんないつもと同じような会話をしていると、八重が少し驚いたように口を開く。
「驚いた。狐の類いだとは思っていたけど、まさか九尾だなんて」
「あ、玉藻見えるんだ」
「ええ陰陽師なら誰でも……? 叶夜くん? もう一回言ってくれる?」
「? 玉藻見えるんだ?」
「……確認するけど。平安に暴れたというあの玉藻の前、ではないわよね?」
「いや? 散々暴れて殺生石になったという、あの玉藻の前だよ」
それを聞くと、八重は頭が痛むのを押さえるようにしている。
九尾とも思ってなかったようだし、実際にどう対処すべきか頭を痛めているのかも知れない。
八重は何度か深呼吸をすると、覚悟を決めたように俺に視線を向ける。
「叶夜くん。隣にいるのは人を害する存在、今すぐ祓わないといけないわ」
「言うでないか小娘。胸が大きくなると言い方も傲慢になるんじゃな」
「む、胸は関係ないでしょ!」
まるで胸を隠すように、顔を赤くしながら腕で押さえる八重。
だがそれが、逆に色気を増す行動である事を恐らく彼女は知らないのだろう。
そして八重は、まるで堰をきったように不満を口にしていく。
「だ、大体何なの皆して胸が大きいだの何だのと!! この胸のせいでどれだけ嫌な思いをしてきたか!! 気持ち悪い視線は毎日のように向けられるし! 同性は同性でこちらの気も知らず羨ましいだの何だのと言うし! 服だって似合うのが中々見つからないし! 下着だってオーダーメイドしなければ大人向けのしか無いし! 私だって可愛らしいもの身に着けたいし! それに!!」
「あー、すまないが八重。そろそろ話題を元に戻してもいいか?」
次々に出てくる持つ者なりの不満。
このまま発散させてもいいが、時間は有限だ。
「……」
まるで電池の切れたオモチャのように、動きを止める八重はまるで何事もなかったかのように俺に視線を送る。
「叶夜くん。隣にいるのは人を害する存在、今すぐ祓わないといけないわ」
「いや、無理があるだろ」
「お願い、無かった事にして」
そう顔を赤くしながら懇願してくるので、仕方なく俺も合わせる。
「もし嫌だと言ったら? 俺を始末でもするのか?」
「そんな事しないわよ。陰陽師は人を守る存在ではあっても、消す存在ではないから」
「陰陽師らしい言い分じゃな。平気で関わった者の記憶を消すじゃろ、お主らは」
流石にもう胸の話題はしないが、その明らかに小馬鹿にしてる玉藻の態度。
それを見て八重の方も言い返す。
「世の中知らない方が救いになることだってある。あなたのような存在がその最たるものよ」
「そうか? この世の中、我らより心の黒い人間も数多いるじゃろうに。それを無視するのも救いか?」
「……」
「……」
お互い睨んだまま一歩も引かない状況になる。
そして聞いてて、一つ確かな事が分かった。
……この二人、例え人間同士でも相容れなかっただろう。
「……まあいいわ。狐に何を言っても無駄だろうし」
「最初から聞く気もないくせに、よう言う」
そんな玉藻の言葉を無視して、八重は俺に語り掛ける。
「叶夜くん。どんな経緯で狐が憑りついたか、それは知らない。けど人間と妖怪はその存在からして違うもの。どんなに人間に近くて言葉を話しても、理解し合える事は決してないわ」
「……」
「悪い事は言わない。夢を見たと思って全てを忘れた方がいい」
「まるで我を祓える前提で話しているようじゃが、本気で出来ると思っておるのか? たかだか十とそこら生きた陰陽師娘が」
「……そうね。正攻法だったら何年かけても無理かも知れないわね」
そう認める八重だが、負けを認めた雰囲気はない。
「搦め手なら勝てる。そう言っているように聞こえるんじゃが?」
「……あの戦い、見せてもらったわよ。三尾までの力しか引き出していないのなら、まだ勝ち目はある」
「ほう? 完全に舐められとるぞ、叶夜」
「引き出せてないのは事実だ。反論する材料がない」
実際八重の本気がどれほどかは知らないが、陰陽師として実力を見に付けているのは確かだろう。
二回戦っただけの俺とは練度が違う。
「……その事を踏まえて、問わせてもらうわよ叶夜くん。陰陽師の言葉を、そしてクラスメイトのお願いを聞く気はある?」
「……」
分水嶺、とでも言うのだろうか。
ここが運命の分かれ道であるという妙な確信があった。
俺にとっても玉藻にとっても、そして八重にとってもだ。
「「……」」
玉藻も八重も、黙ったまま俺を見守っている。
だが俺はすぐに答えが出ないでいた。
「……ごめんなさい、責め立てるような事になって。幸い明日の土曜は学校は休み。夜八時まで待つから、その時に答えを聞かせて頂戴」
「いいのか、それで?」
「いい訳がないでしょ? けどできるだけ、自分の意思で決別してほしいの。……先に教室に戻るわね」
俺に背中を向けて立ち去ろうとする八重。
だがドアノブを回す直前で、動きを止める。
「叶夜くん」
「何だ?」
「私だって人間よ。知人を、それも親しい相手が苦しむ事なんてやりたくない」
「……八重」
「余計な事言っちゃったわね。……待ってるから」
そう言って、今度こそ八重は教室へと戻っていく。
残された俺はとなりの玉藻を見る。
「……」
何も言わずに、考え込んでいるような玉藻。
何を考えているかは分かるはずもないが、玉藻なりに今回の事で思い悩む事があるのだろう。
ただ一つ分かっているのは。
決断の時が来ている、その一点だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます