第16話 告白

  怒涛の一夜の翌日。

 金曜日という事もあり、疲れを見せる人もチラチラ見かける通学路。

 それを俺はいつもどうりに歩いていた。

 正直言えば待ち伏せの可能性も考えていたのだが


「いや、それはないじゃろう」


 と玉藻にハッキリと言い切られた。


「前にも軽く言うたが、奴らは存在をとにかく秘匿する。余程の事がない限り、こちらで事を起こすなどあり得ん」

「なるほど」


 そのような訳もあって、俺は特に心配する事なく通学しているのである。

 勿論警戒もするが、し過ぎて挙動不審になる事はない。

 だが万が一も考え、今日は玉藻も一緒に行動している。

 特に文句も言わず付いて来てくれた玉藻だが、途中で我慢できなくなったのか質問してきた。


「のう叶夜。我を連れてくるほど心配じゃったら、そもそも学校に行かないという選択もあったのではないか?」

「それも当然考えたけど、逃げ回る訳にもいかないだろ?」


 クラスが一緒である以上、俺の連絡先を手に入れる事はそう難しい事ではない。

 それにこっちとしても、八重に聞いておきたい事がある。


「よ! 叶夜! 何呟いてるんだ?」

「……大した事じゃない」


 後ろから声をかけてきた信二にそう返しながら、一緒に通学路を歩き始める。

 何でもない会話をしていると、信二が何かを思い出す。


「お、そうだった。お前に伝言があるんだった」

「伝言?」

「おう。お前の愛しの龍宮寺さんからだぞ~」

「……だから違うって」


 そう返せたのはギリギリだった。

 他はともかく妙に勘の鋭い信二に、この動揺を悟られる訳にはいかない。


「またまた~。二人して部室に入ってきたくせに~」

「転校生に学校を彷徨わせる訳にはいかないだろうが。いいからさっさと伝言を言え」

「ふふふ。それが何と! 『お昼休みに屋上で待ってる』だってよ! こいつは青春の予感がするなオイ!」

「……多分期待してるような事はないと思うぞ?」


 そして八重。

 お前は何でまたそんな言い回しをするんだ。

 冷めていく俺は反対に、信二の方は勝手にヒートアップしていく。


「オイオイ何言ってるんだよ! 昼休みとはいえ誰も来ないだろう屋上に呼び出すだなんて告白以外にあるか!? いや、ない!!」

「それなら大体は放課後だろ? 単に別件だって」

「放課後まで待ちきれないのかもだぜ! 安心しろ、俺の昼飯に賭けて屋上には誰にも近づけさせねぇぜ!」

「聞けよ、人の話」

「緊張感が薄れるのう」


 玉藻の言葉に心の中で同意しながら、待っているだろう八重に文句を言いたくなるのだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 そして、あっという間にその時は来た。

 昼休みを告げるチャイムが鳴る中、八重はさっさと教室を去っていく。

 何人かが後を追うが、おそらく上手に撒くのだろう。

 怪しまれないように少し時間をおいて、俺も動き出す。


(さてと。どう出るかな)


 お互いここまで無言。

 昼休みに会う事は確定しているので特に話しかけなかったし、向こうも同じ考えだろう。

 段々と屋上へ近づいて行くが、妙な事にどれに比例して人の姿も見かけなくなってくる。


「玉藻、これって」

「人払いの結界じゃな。怪しまれんように段階を踏んで何重にも貼っておるし、叶夜は対象外になっておる。几帳面じゃな」


 屋上への階段に着くころには、完全に無人の状態となっていた。

 覚悟を決めて、一歩また一歩と階段を上がっていく。

 そしてドアを開けると、ポニーテールにした長い黒髪をなびかせながら彼女は待っていた。


(綺麗だ)


 場違いだとは思ったが、それでもそう感じてしまうほど絵になっていた。

 どうやら着た事にも気づいていないようで、彼女はグラウンドを見下ろしたままだ。


「来たぞ、八重」


 だが何時までもこうしてる訳にはいかない。

 覚悟を決めて声をかけると、八重はゆっくりと俺の方に振り向く。


「叶夜くん」

「……」

「……」


 どうやらお互い、何を言えばいいか分からないようで静かな気まずい時間が過ぎていく。

 だがまあ、ここはまず文句から言わせてもらおう。


「何も伝言じゃなくても良かっただろ。というか何で信二なんだよ」

「他に妥当な人選がいなかったのよ。佐藤くんの伝言なら確実でしょ?」

「適当な理由をつけて学校に自宅の電話番号聞くとか、色々あっただろに。そもそも席が隣だろ?」

「あっ」

「まさか、考え付かなかった訳じゃ……ないよな?」

「……」

「……」


 さっきとは別の、気まずい空気が流れていく。

 成績優秀なのに、なんでこんなドジをするんだか。


「……以後気を付けるわ」

「頼む。……で、本題だが」

「ここからの眺め、叶夜くんは見たことある?」

「? いや、見た事無い」

「いい景色よ。人の営みというのを感じ取れる」

「少しオーバーじゃないか?」


 そう俺が言うと、八重はクスクスと笑い始める。


「ええ、そうかもね。けど言ったでしょ? 私は山奥の出身なの。だからこういった風景はとても新鮮味があるわ」

「……そうか」

「そう。初めてあった時の事、憶えてる? 実はあの時が初めて一人で街中を歩いた時なの。ナンパという概念は知ってたけど、声を掛けられるなんて想像してなかったから少し怖かった」

「なあ」

「……意外かも知れないけど、私部活動の類いは入った事ないの。だから昨日初めて部室に入った時はドキドキしちゃって」

「……(間違いないな)」


 明らかに八重は意識的に本題を避けている。

 俺はちらっと黙って見てくれている玉藻を見る。

 意図を察してか、玉藻は静かに首を横に振る。


(罠はなし、か)


 時間稼ぎでもないとすれば、あと考えられるのは一つ。

 彼女は少しでも、本題を口にしたくないのだろう。


「……」


 それがどういう意味を持つのかは分からないが、このままでは中途半端なまま昼休みが終わってしまう。

 今日が駄目なら、次もその次も同じ結果になるかも知れない。

 ……仕方ない、か。


「友達も少なくてね、たまに見る漫画雑誌とかでやってるお弁当交換とかに憧れた事もあったわね。もし良ければだけど今度」

「八重、お互い覚悟を決めよう」

「……」


 俺の言葉に顔を伏せて黙り込む八重だが、すぐに会話を再開させようとする。


「不味くても文句言うなって事? 心配しなくてもそんな事で怒らないわよ。何なら今度教えて」

「龍宮寺八重!!」

(ピクッ!?)


 その叫びにようやく喋り続けた口が止まる。

 俺は息を深く吸い、できるだけ柔らかく問いかける。


「言うべき事を言うために、いまここに居るんだろ?」

「……そう、ね」


 八重はようやく顔を上げると、真っ直ぐ俺の目を見て話し始める。


「改めて、自己紹介するわね。私は龍宮寺八重。陰陽師の家系である龍宮寺の長女にして跡取り。……そして」


 深く、とても深く息を吸う八重。

 そしてハッキリと、その言葉を口にした。


「昨日あなたを襲った、陰陽機の操縦者よ」

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