第15話 予感

「陰陽……機」

「そうじゃ。近代の技術と陰陽師どもの呪力によって動く、鉄の巨人」

「……」


 想定してなかった、と言えば嘘になる。

 陰陽師が巨大ロボを所有している、事じゃなく。

 こうして人間と戦う事になる事が、だ。

 だがこうして相まみえると、手の震えが止まらない。


「叶夜。あれは陰陽師にとって武器であり鎧じゃ。搭乗部を攻撃せん限り、中の人間は無事じゃ」

「……的確な先読みで」


 だがありがたい情報だ。

 腕か脚を攻撃してる限りは、少なくとも人を殺める事はないという事だ。


「無力化させる。不満かも知れないが、付き合ってもらうぞ玉藻」

「操るのは叶夜じゃ、好きにするといい」


 玉藻の承諾も得て、俺は改めて陰陽機とやらと相対する。

 陰陽機は札を構えたまま、こちらを睨みつけるように距離を取っている。


「もう一つ情報じゃ。我が知っておる限り、基本陰陽師は集団で行動する。じゃが他に陰陽機がおる形跡はない。つまり奴がよほどの孤立主義か」

「それに似合うだけの実力の持ち主か、という事か」

「じゃな。加えてあの陰陽機、相当に改造を施しておるとみた」

「……なるほど」


 他の陰陽機を見た事がないから否定できないという理由もあるが、暗めの赤を基調としたカラーリングからそんな気もしていた。


「玉藻、水虎だけに念話を飛ばす事は出来るか?」

「当然じゃろ? 我を誰だと思っておる」

「流石。……大丈夫か水虎」

「あんな札の一枚や二枚でやられたりしねぇよ。……左腕はしばらく使えねぇと思うがな」


 モニター越しで見ても、水虎の左腕はかなり装甲が剥げているように見える。

 謝るべきかそれとも感謝を言うべきか悩んだが、その前に水虎は忠告してくる。


「俺の事よりてめぇの事を心配しな。あの野郎、目当てはそっちみたいだぜ?」

「……らしいな」


 もし水虎が目標なら、左手を負傷しているこの状態を放置する訳がない。

 だというのに、あの陰陽機はこっちを警戒している。

 つまりは俺か玉藻、もしくはその両方が標的なのだろう。


(どういう目的だとしても、逃げる訳にはいかないよな)


 こっちが一歩下がれば、向こうは一歩進む。

 そしてこっちが一歩進めば、向こうは下がる。

 距離をキープしながらも、逃がす気はまったく無さそうだ。


「変じゃのう。さっさと攻めてくればいいものを」


 玉藻がそう不思議そうにするのも無理はない。

 水虎と会話をしている時も、向こうは攻撃する気配を見せずただ様子を見ていた。

 まるで攻撃するかを迷っているように。


「……」


 頭の中で、嫌な考えが一瞬で組み上がる。

 あまり想像はしたくないが、それでも納得はできる仮説。


「こっちから攻めるぞ、玉藻」


 だがどのみち、確かめる術がない。

 避けられない戦いなら主導権を取った方がマシだ。


「ほう。やる気じゃな、叶夜」

「……行く!」


 俺は両手に刀を構えたまま陰陽機に突撃する。

 どうやら予想外の行動だったらしく、奴の動きには俺でも分かるほど動揺が見えた。

 その勢いのまま、俺は刀を薙ぐ。

 だが


 キン!!


 そんな甲高い、金属同士が打ち合う音と同時に防がれたのを理解した。

 陰陽機の手には札ではなく、こっちと同じく刀が握られている。


(流石にそう上手くは行かないか)


 あわよくばそのまま右腕を切り落とすつもりだったが、そこは経験の差というものだろう。

 いわゆる鍔迫り合いという状況。

 三本の刀が火花を散らす中で、陰陽機の動きは素人から見てもやはり鈍い。


(これは予測的中、かな!)


 そう思いつつ、俺は躊躇なくがら空きの腹部に膝蹴りを入れる。

 まともに攻撃を受けて後退する陰陽機に対して、俺は今度は両腕を切り落とすように二刀を振り下す。

 だが今度は、硬い障壁のようなものによって防がれる。


「結界か」

「じゃな。人間にしてはかなりの強度じゃのう」


 攻撃が通じないと判断して、俺は大きく飛び跳ね後退する。

 すると陰陽機は、結界を解いて再び距離を一定に保つ。

 その行動に玉藻は心底不思議そうな声を出す。


「随分と可笑しな奴じゃな。結界の強度から見るに、それなりの実力のハズじゃが」

「……」


 自分の中で、仮説が確信に変わっていくのが分かる。

 この陰陽機は明らかに迷っている。

 俺を攻撃する事に。


「玉藻、あの陰陽機にも念話は飛ばせるか?」

「ん? それは可能じゃが、何を話す気じゃ?」

「頼む」

「仕方ないのう。……ほれ、もう良いぞ」


 その言葉を聞いて、一度深く深呼吸をする。

 多少なりとも動揺する気持ちを押さえ、俺は陰陽機に。

 いや、そのパイロットである陰陽師に話かける。


「知り合いを攻撃するのは気が引けるか?」

「!?」


 向こうが息を飲むのが、念話越しにも分かる。

 正直俺も追及するような真似はしたくないが、ハッキリさせない事には前に進めない。


「おい無視するなよ。昼間はあれだけ話しかけてくれたじゃないか。なあ」


 —―八重


「!?」


 俺の問いかけに答える事なく、陰陽機はどこかへ消えていった。

 だが。


(それは肯定してるのと同じだぞ、八重)

「どうやら当たりみたいじゃな」

「ああ」

「……大丈夫か? 叶夜?」

「心配しなくても大丈夫だよ玉藻」


 少なくと、今は。


「……」


 そんな言葉は言わなくと分かるようで、玉藻は珍しく口を閉ざす。


「何だか借りが出来たみたいになっちまったな」

「水虎」


 左腕を庇うようにしながら、水虎はこっちに語り掛けて来る。

 あれだけあった闘気は消え去り、勝負はお流れなのは明白だった。


「むしろこっちが借りだと思っているから、気にする事ないぞ」

「そうか? だったらチャラって事で手を打ってやるよ」


 水虎はそう言うと、俺たちに背中を向ける。


「どこ行くんだ?」

「とりあえずは怪我を癒さねぇとな。あとは何時もどうり、西へ東へってな」

「なんじゃ、決着は付けんのか?」

「今はな。もっとお前らが強くなってから再戦としようや。それまで負けんじゃねぇぞ?」


 脚に力を込め、水虎はどこかは去っていく


「っと。その前に言っておくぜ叶夜」


 と思ったが、突然振り返って話しかけてきた。


「ん?」

「知り合いだか何だか知らねぇが、戦いはまずは気合で決まる。考え事をしてると、あっという間に負けるぜ? 気をつけな」

「……ありがとうな水虎」


 水虎なりの激励に礼を言うと、アイツは何も返事もせずに風のように去っていった。

 結果残されたのは、俺と玉藻の二人だけだ。


「さて叶夜、我らも帰るか。十分修行にはなったじゃろう」

「……だな」


 修行にはなったが、大きな問題を残してしまった。

 いや、多分遅いか早いかの問題だったとは思うが。


(突然転校してきたクラスメイトが陰陽師。出来過ぎで笑っちまうが、取り敢えずの問題は)


 俺は頭上にある月を見上げながら、俺は思う。


(明日の学校、どうすべきかな)


 —―月はそんな考えをあざ笑うように、ただ見下ろしていた。

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