第13話 水虎

「なるほどな~。そこの九尾が恩着せがましく憑りついている訳か」

「その言い方じゃと、我がもの凄く嫌な奴なんじゃが」


 とある有名コンビニ前。

 戦う前に相手と喋るのが趣味だという水虎の流儀に付き合い、俺は玉藻との出会いを語った。

 水虎のまとめ方に思わず苦笑していると、水虎は呆れたように俺に忠告してくる。


「気づいてねぇみてぇだな人間。お前、狐臭いぜ?」

「え!?」


 俺は慌てて服の匂いを嗅ぐが、何も分からない。

 水虎はその反応に笑いながら、説明してくれる。


「人間の嗅覚で分かるもんじゃねぇよ。同じ妖怪だから分かる人間でいう所の……あれだ。ふぇろもん? て奴だ」

「そんなに匂います?」

「ああ。一瞬でお手付きだと分かるぐらいには濃い」

「……玉藻?」


 そう言われて俺は玉藻の方を見るが、当の本人は顔を合わせようともしない。

 それでもしつこく見つめ続けると、玉藻は照れたように頬を掻く。


「……他の妖怪に気に入られても困るんじゃもん」

「じゃもん。じゃねぇ! そう言う事は早めに教えてくれませんかねぇ!?」

「だ、大丈夫じゃ。人間には陰陽師ぐらいにしか分からん」

「逆に陰陽師にはバレるって事じゃねぇか! どうすんだよあっちで襲われたら!」

「はっ!?」

「いま気づいたんかい!?」


 このダメ妖怪の所業に頭を抱えていると、聞こえてきたのは水虎の爆笑だった。


「やっぱ面白いなお前ら。普通妖怪と人間の二人組って奴は、どちらかが主導権を取っているもんだが」

「何と言うか、そこら辺は曖昧で……」


 生き物としての格みたいなものなら圧倒的に負けてはいるが、玉藻のフランクさもあり線引きは定かではない。

 玉藻自身も何も言わないし、案外このぐらいの距離感がお互いに合っているのかも知れなかった。


「ま! 俺は強ければ何だろうと文句は無ぇけどな」

「……」


 そう快活に笑う水虎を見て、俺は何故か信二を思い出す。

 会話させると意外と気が合うかもしれない。


「あの水虎、さん?」

「うぉ!? 鳥肌立った!? いきなりさん付けなんてするんじゃねぇ、呼び捨てにしろ呼び捨てに!」

「あ、ああ。じゃあ水虎、こっちからも質問いいか?」

「いいぜ。こっちだけ質問するのは平等じゃねぇからな」


 承諾してもらったので、俺は気になっていた事をダイレクトに聞く。


「知ってる限りは水虎って、正体不明なイメージ……印象だったんですけど。他の水虎もそんな感じ、なんですか?」

「よく知ってるじゃねぇか」


 水虎は頭を掻きながら、少し困ったような顔をしていた。

 資料によって虎だったり、河童だったりする水虎の姿。

 故に明確な姿を持たないという説を信じていたので、こうして話しているのが不思議だ。

 マズイ事を聞いたかと心配したが、水虎はため息を吐きながら説明し始めた。


「知って通り水虎に決まった姿形はねぇ、この姿も仮初だ。これだと一目で水虎だと分かるだろ?」

「まあ分かりやすさは大事じゃな」


 玉藻が同意をしながら頷いているのを見てニヤッと笑うと、水虎は『裏世界』の光源である月を見上げる。


「俺たち水虎の定義は曖昧すぎて決まった姿すら持たねぇ。だから欲しいんだよ、唯一無二の俺が俺である確たるものが」

「だから戦う、のか?」

「そうさ。他の妖怪だろうと陰陽師だろうと関係ねぇ。俺が俺である、その為に戦い続ける。今もこれからもな」


 自分自身の存在意義のために戦う。

 それが良い事なのか悪い事かは分からないが、少なくとも俺に笑う権利は無いと思う。


 —―明確な理由を持たずに戦おうとしてる、俺には。


「……」

「おいどうした、戦う前から元気がねぇぞ?」

「あ、ああ大丈夫だ」


 そう水虎に返事を返す俺だったが、隣にいる玉藻は心配そうな視線を送り続けている。

 一方で水虎は笑いながら俺の方を叩く。


「心配すんな! 命までは取らねぇからよ! まあ死ぬほど痛い目には合うかも知れねぇがな!」

「それを聞いて安心できるとでも?」


 その返すと水虎は「そりゃそうだ」と大笑い。

 つい釣られて俺も笑うと、玉藻もクスッと笑い始める。

 これから戦う相手同士とは思えないほど和やかな時間。

 だがそれも、水虎自身の言葉で崩れるのだった。


「それじゃ語る事も語ったし、そろそろやり合うか」

「……ああ」


 今更戦わない、という選択肢はあり得なかった。

 そもそもその為に俺はここに居るのだから。


「少し離れるぜ。まさか術の余波でダウン、なんて終わり方はしたくないだろ?」


 そう言うと水虎は返事も聞かずに、早くもいなくなってしまった。


「叶夜、大丈夫か?」

「ん? 大丈夫、戦える」

「……そうか」


 玉藻が心配そうな視線を送るのに対し、俺は安心させるように笑ってみせる。


「そうだよ。お互い今は余計な事考えるのは止めよう。でないと」


 言い終わる前に凄まじい突風が吹き荒れる。

 思わず体が浮いてしまいそうになるが、玉藻が尾でその暴風を防ぐ。

 その出どころの先には、巨大ロボとなった水虎の姿があった。

 まるで鎧を着こんだようなその姿は、水虎の闘志が溢れているようにも見えた。


「水虎には勝てない」

「分かっておるんじゃったらいい。少し目を閉じて我に触れておけ、こちらも行くぞ」


 俺は言われた通りに玉藻の肩に手を置いて目をつぶると、浮遊感を感じた。


「もう良いぞ」


 と玉藻からの許可も出たので、目を開ければ例のコックピットのような場所に移動していた。

 ご丁寧に今回は最初から俯瞰の映像を出しており、虎型ロボと狐型ロボが対峙しているのがよく分かる。


「動かし方は変わらん。動かしたいように想像するがよい」

「分かった。……そう言えば玉藻はどうやって話してるんだ? 体はロボになっているのに」

「今更じゃな。まあ良いが」


 玉藻は呆れたような口調ながらも、説明してくれる。


「これはいわゆる『念話』じゃ。脳に語り掛けとるだけで声を出しとるわけではない」

「はー、念話。またオカルトチックな」

「術としては初歩の初歩じゃぞ? 陰陽師など当たり前に使うしのう」


 そんな事を話していると、正面の方から声が聞こえてきた。


「そろそろいいか? この鉄の身体を動かしたくて仕方ねぇ」

「っと。待たせたか」


 聞こえているかも分からずそう返事をするが、玉藻がどうにかしてくれたのだろう。

 水虎の笑い声が聞こえてきた。


「いいって事よ。万全の状態で来てもらわねぇと張り合いが無いから、な!」


 そう言って水虎はどこからか巨大な槍を取り出し、こちらに向ける。


「さあ、やろうぜ!」

「っ!」


 さっきまで感じなかった、肌がビリビリする感覚。

 闘気だか何だかは分からないが、思わず後ずさりしそうな気持ちを奮い立たせるようにこう返してみせる。


「上等!」


 狐と虎

 その戦いが俺の言葉と同時に火蓋を切る。

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