第12話 修行

「ふーん。それでその後はどうなったんじゃ?」


 玉藻はテーブルに肘を突きながら実に力が抜けた様子で聞いて来る。

 だがその手にはしっかりとスプーンが握られており、何も言わなくても催促しているのが分かる。


「別に? その後は普通だったさ。まあ放課後の同好会には見学者が多かったぐらいだな」


 そう報告しながら、俺は用意した皿に白米を盛り付ける。

 だが玉藻はその報告に不服そうである。


「何じゃ。折角目麗しい異性が、それもやたらと縁があるんじゃからもっと積極的になれば良いのではないか? どうせ学校とやらはそんな場所じゃろ?」

「何を参考にそう言っているんだよ」

「違うのか? 漫画とやらは大体そんな場面じゃったが?」

「謝れ、恋愛しないで勉強してる全ての人に謝れ。っと出来たぞ」


 そんな会話をしている内に、盛り付けが完了しテーブルに運ぶ。

 その皿から香る独特の匂いに、さっきから玉藻の鼻は動き続けている。


「ほう。これがカレーとやらか!」


 本来は肉じゃがの予定だったが、話を報告している内に玉藻が食べたいと駄々を捏ねた為に急遽変更した一品だ。

 市販のルーを使用したありふれたカレーではあるが、一応隠し味としてコーヒーなどを入れている。

 俺が椅子に座ると、玉藻は待ちきれないとばかりに目を輝かせている。


「では「いただきます」」


 それを合図に玉藻はカレーをスプーンで一気に掬うと、何の躊躇もなく口に入れる。


「っ! ~~~~!」


 だが慣れてない舌には多少辛かったのか、玉藻は中辛のカレーに悶絶している。

 俺が用意しておいた水を差し出すと、コップ一杯分を一気に飲み干す。


「ふ~。この我を悶絶させるとはのう。カレーとやら、侮れん」

「いや、カレーってそんな覚悟決めて食うようなものじゃないから」


 そうツッコミを入れながら、俺もカレーを口に入れる。

 当たり障りのない普通の味だが、食べ慣れた味に安堵する。


「半分は冗談じゃ。しかし食べ慣れると癖になる味じゃな。何かこう、人類の英知の結晶のような味がするのう」

「哲学的な表現をするんだな。というか半分は本気なのか」


 その後も俺と玉藻は、会話を続けながらカレーを食べ続けた。



「ふう。まあまあじゃったな」

「おかわり二回もしてよく言うよ。……太るぞ」

「よ、妖怪は太らんし。大丈夫じゃし」

「そんな声を震わせながら言われても」


 洗い物をしながら言う俺に対して、玉藻は聞かない振りを決め込む。

 しばらくテレビの音楽番組の音だけが響く状況が続いたが、突然玉藻が思い出したかのように口を開く。


「おおそうじゃ。叶夜、もう少し腹を休ませたら出かけるので準備をしておけ」

「え、俺もか? 何しに?」

「何じゃ分からんのか?」


 玉藻は若干呆れたようにしながらも、俺にその長い指を突きつける。


「無論、武者修行じゃ。叶夜、お主のな」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「今の我。と言うより『怪機』状態の我は、通常状態よりかなり弱体化しておる。理由は言わんでも分かるな」

「俺が使いこなせていない、という事か?」

「ご名答。まあ三尾まで一気に引き出したのは見事じゃが、それでもまだまだ足りぬ。今のままではいずれ負ける」

「だから修行」

「うむ。この間の一件で、他の妖怪どもは縄張り争いに必死になっとるじゃろう。そこに乱入して戦い、そして勝つ。叶夜……ここからが、地獄じゃぞ?」


 と、会話したのがおおよそ一時間半前。

 そして、再びこの『裏世界』に足を踏み入れて既に一時間が経っている訳なのだが……。


「何か言いたい事はありませんか? 玉藻の前さま?」

「……」

「無視・す・る・な!」


 地獄どころか実に平和な『裏世界』探索状態となっている。

 どうやら前の手長足長との一戦でかなり恐れられているらしく、遠巻きから視線は感じるが仕掛けて来る様子はない。


「お、おかしいのう。こんなハズでは……」


 どうやら玉藻にとっても予想外な事態らしく、かなり動揺してるのが見て取れる。

 俺が冷めきった目で見ているのも理解しているのだろう。

 玉藻の首筋には冷や汗らし水滴がついていた。


「……『ここからが、地獄じゃぞ』(キリッ)」

「言うでない! 恥ずかしいじゃろ!」


 俺のからかいに対し、若干涙目になりつつある玉藻は周りの妖怪に大声で呼びかける。


「この場に玉藻の前を討って名を上げようという者はおらんのかー! い、今なら『怪機』状態じゃぞー! もれなく弱体状態じゃぞー!」

「その呼びかけは止めない? 何か、聞いてて悲しくなる」


 もはやなりふり構わず呼びかける玉藻だったが、それでも近づく妖怪は一体もいなかった。

 人の中には『君子危うきに近寄らず』という言葉はあるが、そういう意味では周りの妖怪たちは賢い選択をしてると言えるだろう。


「うー。わ、我の面子が……」

「安心しろ。そんなものはとっくに無い」


 落ち込む玉藻に対しそう追撃しておいて、俺は玉藻の肩に手を置く。


「帰ろう? また明日来たら話を聞きつけて誰か来るかも知れないし」

「……(コクリ)」


 まるで落ち込む子どものような反応をしながら、俺は玉藻と家に帰ろうとした時だった。

 上の方から声が聞こえたのは。


「へぇ~。随分と面白そうな関係じゃねか」

「! どこから!?」

「右じゃ叶夜」


 玉藻の言葉に反応して右側を見ると、住宅の屋根に座り込んでいる何者かがいた。


「他の雑魚どもは話にならなかったが、アンタらなら満足出来そうだ。な!」


 そう言うと、そいつは大きく跳躍して俺たちの前に着地する。


「生身だろうと『怪機』だろうと、いいぜ? この俺が受けて立ってやるよ」


 そう言いながらニヤッと笑うその顔は、人のものでは無かった。

 顔だけではなく、その手足の爪の鋭さ。

 そして全身を覆う毛から見て、俺は推測を漏らす。


人虎じんこ?」


 人虎。

 もしくは虎人こじんとも呼ばれる妖怪は、読んで字の如く半分が虎で半分が人という性質だ。

 あまり詳しくはないが外国でも似たような存在がおり、凶暴と記された事もあるとか。

 そんな俺の呟きに、そいつは豪快に笑い始める。


「まあそう見えるわな。だが残念、俺は水虎すいこだ。そこの九尾みたいに固有の名がある訳じゃねぇから、好きに呼んでいいぜ?」

「水虎?」


 確かに毛の色も水色なので、納得と言えば納得だ。

 そう思っていると、玉藻がどんどん前に出て水虎に近づいて行く。


「ほう。水虎、そう言うのか」

「お、何だ生身でやるか? それでもいいぜ?」


 そう言って戦闘体勢に入りかけた水虎であったが、その前に玉藻は一気に距離を詰める。


「!?」


 予想外の速さだったのか、水虎が反応できないのに対し玉藻は


「よう来てくれた! よう来てくれた!!」


 その手を握り感謝を伝えたのだった。


「「……」」


 何も言えなくなっている俺と水虎を置いて、玉藻はこっちを向きながら自慢げに叫ぶ。


「ほれ叶夜! 我の言った通り向こうから来たじゃろう!」

「……はぁ」


 確かに嘘ではなくなったが、同時に大妖怪としての株が下がってる事に気づかない玉藻に思わずため息を吐く。

 そんな俺たちを見て、水虎は何とも言えない笑いを見せながら呟いた。


「やっぱお前ら、面白いぜ」

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