第9話 遭遇

「本格的な活動は明日からって事でよろしく!」


 別れ際にそんな事を言っていた信二と別れ、俺は昨日のリベンジで買い物をしていた。

 実質二人暮らしとなったので、食材は多めに買い込んでおく。


「のう叶夜」

「ダメ」

「……まだ何も言っておらんのじゃが」

「その無駄に高そうな菓子を元の場所に戻したら聞いてもいいぞ」


 他人から見れば独り言を呟いている高校生に見えるだろうが仕方ない。

 不満満々といった様子の玉藻が菓子を棚に戻すと、恨みがましくぼやく。


「むぅ、良いではないか甘味ぐらい。我に対する敬意が足りんような気がするぞ」

「だから五品までは見逃しただろ? 金は有限なんだから大切にしないと。それと、敬って欲しければそれ相応の振舞いと服を着ろ」


 そう言って買い忘れが無いかどうかを確認しながらもう一度歩いていると、玉藻は心底不思議そうな表情で質問してくる。


「ん? この衣服に何の問題があるんじゃ? 実に妖艶じゃろ?」

「いや、妖艶と言うか……」


 改めて玉藻の服を下から上まで見渡す。

 巫女服をベースにしてはいるが、あまりに着崩してたり切り込みを入れているため清廉さは欠片もない。

 持ち前のスタイルと雰囲気でカバーはしているが……。


「正直言うと、服だけ見たら痴女にしか見えない」

「……は?」


 鳩が豆鉄砲を食ったような。

 いや狐が狸に化かされたような、そんな間の抜けた顔であった。


「か、叶夜? も、もう一度言うてみてくれんか?」


 玉藻が僅かな希望にすがるような顔で、俺に聞き直す。

 だから俺はセルフレジをしつつ、端的に答える。


「痴女っぽい」

「痴女!? 痴女じゃと!? この我が!?」


 大音量の叫びを受け流しつつ、レジを終えた商品を袋の中に入れていく。

 もし玉藻の声が周りに聞こえていれば、迷惑でしかなかっただろう。


「いや確かにあまり人はおろか他の妖怪とも付き合いが無い我ではあるが、この衣服は表世界を参考にしたものじゃぞ! それを痴女などと」

「一応聞くけど。その参考にしたのって、何?」

「ん? アレは確か何かしらの……アニメとやらじゃった気が」

「残念だけど、そんな衣装が許されるのはアニメや漫画の世界だけだから」

「なん……じゃと……」


 よほどショックだったのか、玉藻は大量の食材を袋に詰め終わるまで固まったままだった。


「っと、重」


 少し重く感じつつも、買い物袋を二つ持って店をあとにする。

 玉藻が固まったまま店に残っていたが、まあお腹が空いたら勝手に家に戻るだろ。

 そんな事を考えていると、騒がしい声が聞こえて来た。


「なあいいだろ? ほんの少しお茶に付き合うぐらいさ」

「そうそう! 何もしないって!」


 そんな聞けば一発でナンパだと分かるセリフを吐きながら、二人の男が誰かに話しかけていた。

 おそらく大学生だとは思うが、正直通行の邪魔で仕方がない。

 できれば避けたかったが、遠回りは遠慮したいのでどうにか通れないか思考錯誤している内にその誰かの顔が見えた。


(……なるほど)


 それはナンパされるのも納得できるような、綺麗な顔立ち。

 身長も高く、モデルと言われても素直に賛同できるような女性だった。

 だが、それよりも目を引いたのは。


(胸、デカいな)


 春にしては厚着であったが、それでも分かるような膨らみがそこにあった。

 玉藻も十二分に大きいが、下手をすればそれを越えるかも知れない。

 そんな見惚れてしまうような女性で、もし玉藻で目を肥やしてなければ一発で惚れてたかも知れない。


(まあでも。面倒事に好き好んで関わる気はない)


 そう見切りをつけて、さっさとその場を離れようとする。

 だが。


(あ)


 見えてしまった。

 その女性の手が、僅かながらに震えている所を。


(……何時からこんなにお人よしになったかなぁ)


 覚悟を決めた俺の足は、迷う事無くその女性の元へ向かっていた。


「あっ! 久しぶり!」

「「「?」」」


 できるだけ大きな声で注意を引きつつ、大学生二人と女性の間に割って入る。


「忘れた? 俺だよ俺!」

「え、えっと……」


 突然現れた俺に動揺やら困惑や警戒が入り乱れた視線を送る女性だったが、気づいてくれたのか話に乗ってくる。


「お、思い出した。久しぶりね」

「ホントだよ。何時ぶりだっけ?」


 そんな架空の昔話で盛り上がっていると、大学生二人はやがて黙って去っていった。

 その二人が見えなくなるのを確認し、ようやく一息つく。

 これで駄目ならまた買い物袋を捨てて、逃げる以外に手は無かった。


「あの……ありがとうございます」

「ん? ああ、大丈夫でした?」

「はい。助かりました」


 そう言って頭を下げた彼女は、何かを悩み始める。


「どうかしました?」

「いえ。お礼をしたいのですが、なにぶん高校生なので大した礼が出来ないのが」

「気にしないで……って! 高校生!?」


 てっきり大学生以上だと思っていたので、その言葉には驚きしか無かった。

 何故こんなリアクションをするのか分からないのか、彼女は不思議そうにしながら口にする。


「は、はい。今年高校に入りました」

「って事は同い年か。大人びてるから年上かと」

「ああなるほど。確かによく間違えられるわね……ですね」

「畏まらなくてもいいって。高校生同士なんだし」

「……かなり気は引けるけど、そう言うなら」


 フランクな言い方にはなったが、その凛とした声の影響かやっぱり大人びて見える。

 とにかく変に気を使われても困るので、このまま去る事にしよう。


「じゃあこれで」

「あ、あの! もう一つ迷惑かけても……いいかな?」

「ん?」

「この住所、何処だか分かる?」


 そう言ってスマホの画面を近づける彼女のシャンプーの匂いだろうか? 微かにいい匂いがした気がする。

 だが匂いに興奮するという事は無いので、すぐに意識を画面に移す。

 幸いにも近場で知っている場所だったから近道を教える。


「ありがとう。……さっきから世話になってばっかりね」

「いいって。助けたのだって気まぐれだし」

「だとしても、助けられたのは事実よ。本当は今すぐにでもお礼をしたいんだけど、これから用があって……。ねぇ、どこの高校?」

「え? この近くの縁間えんま高校だけど?」

「……こんな偶然ってあるのね(ボソッ)」


 彼女は何かしらを呟くと、何故か頷く。


「悪いけど状況が分からないんだけど」

「お礼をする機会は今じゃ無くてもよさそうって事。私は龍宮寺八重。この名前、おぼえておいてね」

「よく分からないけど、そっちがいいなら。俺は朧叶夜って名前だけど、別に憶えなくていいから」

「それは多分叶わないと思うわよ。じゃあ朧くん、今日は本当にありがとう」


 そう言って彼女、いや龍宮寺八重は俺の目の前から去っていった。


「……」


 その後ろ姿に、どこか寂しさを感じつつも家に帰ろうとすると。


「うおっ!? た、玉藻!?」

「ずいぶん楽しそうじゃったな、叶夜」


 何時の間に近づいていたのか玉藻が暗い表情でそこに立っていた。


「早くも我に飽きて他の女に手を出すとはのう。まあ我は痴女らしいから? 叶夜が目移りするのも仕方がないとは思うが」

「た、玉藻? 機嫌を直して。さっきの菓子、買っていいから」


 その後玉藻の機嫌が直ったのは散々追加で買い物したあと、少し豪華な夕飯を食べ終えた時だった。

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