第8話 日常

  俺の人生を変える出来事が起こった翌日、つまり今日も学校はある。

 正直疲労感は拭えないが、休む訳にも行かず何時も通り通学路を歩いていた。

 ……いや、何時も通りじゃない事が一つだけあった。


「学校とやらがどの様な場所か、楽しみじゃのう♪」


 そう、玉藻である。

 まるでそこに居るのが当たり前のように付いて来ているが、正直迷惑この上ない。

 勿論その事は、オブラート二枚重ねで本人に伝えたが。


「別に他の者には見えんのじゃから良かろう? それとも我に一人寂しくこの家で居残っておれと? 艶のある声を出し続けて周囲から孤立させてやっても良いんじゃぞ?」


 と、脅されてしまった。

 最早最初の威厳さは感じられないので完全に呼び捨てにしているが、当の大妖怪は全く気にした様子もない。

 仕方なく一緒に通学路を歩いているが、本当に玉藻が見られてないのか不安でそれだけで疲労してしまう。


「よっ! 元気無さそうだな叶夜!」

「……そう言うお前は無駄に元気そうだな、信二」


 数少ない友人である信二が、俺の肩を叩きながら挨拶してきた。

 毎日という訳ではないが、珍しい事でもないので普通に返す。

 だが向こうからすれば違和感があったようで、心配そうな顔をされてしまう。


「本当に元気ないな。何かあったのか?」

「無駄に聡いな。……ま、昨日いろいろあったんだよ」

「はーん。その言い方だと俺に説明は」

「無い」

「そっか。まあ何かあれば言えよ? 大抵は力になるからよ」

「憶えてればな」


 俺がそう言うと、信二も心配を止めたようで何時もの調子に戻る。

 他から見れば奇妙かもしれないが、この深く追求してこない信二の対応は俺には凄くありがたい事であった。

 だが本当に困ったとき、信二が本気で力を貸してくれる事は疑っていない。

 ……まあ、今回の一件では力を貸してもらう事も無いだろうが。


「おっ、そうだ! 今回朗報があるんだよ!」

「お前の朗報は役に立たないが、一応聞こう。何だ?」

「放課後、少し待っててくれよな!」

「聞けよ人の話」

「じゃあな!」

「おいこら」


 俺の言葉など聞こえてないように、信二は走り去ってしまった。

 多分さっき言ってた朗報の関係で急いでいるんだろうが、それでも人の話は聞いて欲しい。


「全く。善人かも知れんが、騒がしい奴じゃな。人の話ぐらい聞くべきじゃな」

「……」

「ん? どうした叶夜」

「……いや、何でもない」

(人の話を聞かない、という面では人の事言えないだろ)


 そう言いかけたが言っても無駄だと直感したので、さっさと学校への道を進むのであった。



「皆さ~ん! おはよ~ございます!」


 無事教室に着いた後にホームルームにやって来たのは、高校生というより小さな子どもに対してのような話し方をする担任であった。

 名は仲村良子。

 生徒思いで評判のいい先生ではあるが、キャラがキツイ事でも有名である。

 ちなみにこの間、それが原因で彼氏と別れたらしい。


「実は、明日皆さんにサプライズがありま~す! 楽しみにしててくださいね!」

(いや、先生が生徒に予告サプライズするなよ)


 そんな俺の思いを置いてけぼりにし、クラスは盛り上がっている。

 この学校の偏差値を無駄に心配してしまう出来事であった。



 その後は特に目立った事も無く(学食で玉藻が物欲しそうにしてたぐらい)午後の授業を終え、放課後となった。

 クラスメイト達が各々動き出す中で、俺は周りに聞こえない程度に玉藻に話しかける。


「で、どうだった? 大妖怪から見て学校は」

「思っていたより面白みは無いのう。もっと激しい蹴落とし合いが見れるかと思うておったが」

「平和が取り柄の学校だからな。期待には応えられないかもな」


 そんな事を話していると、入り口から信二が顔を出して来た。


「待ったか?」

「それほどは。で? 朗報って何だよ」

「何かこのやり取りってデートの待ち合わせみたいだな」

「……」

「オーケー、分かった。謝るから黙って拳に力を込めるな」

「ったく」


 取り敢えず謝ったので拳を引っ込める。

 だが叶う事ならば、隣で笑い転げている化け狐には一発入れたかった。


「いいから、その朗報について話せよ」

「まあ少し付いて来いよ。驚くぜ」


 そう言って歩き始めた信二のあとを、渋々ながら付いて行く。

 しばらく付いていくと、ある部屋の前で一人の男性教師が立っていた。


「おお佐藤。来たか」

「よろしくっす!」

「……何で谷田貝先生が?」


 谷田貝博之。

 この学校の教諭で、五十二のベテランである。

 余談ではあるが、そのイケオジぶりから通称『ダンディ谷田貝』と呼ばれてたりする。


「ん? 朧は何も聞いてないのか?」

「ええ。まあ」

「なるほどな。佐藤もサプライズは程々にしておけよ?」

「考えておきます!」

「やれやれ。これが鍵だ、ちゃんと返せよ?」


 そう言って谷田貝先生は信二に鍵を渡す。

 鍵だけ渡すと谷田貝先生は職員室の方へ歩いて行く。


「悪いがこれから会議でな。佐藤に朧、明日からよろしくな」

「お疲れっす!」

「……全然状況が分からないんだが」


 完全に置いてけぼりを喰らっている俺を放置し、信二は目の前にある部屋の扉に鍵を差し込み開ける。

 どうやら何かの理由で使われなくなった部屋のようで、全体に埃が蓄積していた。


「なあ、いい加減話せよ」

「察しが悪いぜ親友よ。今日からここが俺らの同好会部屋なるんだよ!」

「……昨日の話、本気だったのかよ」

「何だよ冗談だと思ってたのか?」


 信二は笑いながらパイプ椅子に埃を掃って座る。

 俺は無意識にため息を吐きながら、信二の対面に立つ。


「あのな信二。同好会に入る気はないって何度も言ったろ?」

「まあまあ。ボランティアだと思って入ってくれよ、この『妖怪研究同好会』に」

「だから何でそのチョイス。と言うか内容は俺が決めていいって話じゃなかったか? いや仮に決めたとしても入らないけどさ」

「だって任せていたら三年なんてすぐに過ぎちまいそうだったからさ。一緒に青春すようぜ?」


 どうやら信二の中では決定事項らしく、覆りそうもない。

 コイツなりに俺の事を考えての事かも知れないが、せめて一言だけでも相談して欲しかった。


「……顧問は?」

「谷田貝。ここの整理と引き換えに」

「他の面子は?」

「まだ。幽霊は何人か確保」

「どんな活動をする?」

「基本は資料を集めるとかだな。文化祭にはそれらを展示したんで良いんじゃねぇの?」

「……」

「……」

「……分かったよ」


 結局は俺が折れる形となった。

 見方を変えれば、妖怪について知識を深める場が出来たと考えよう。

 ……そう考えないとやってられない。


「前途多難じゃな。叶夜」


 そんな玉藻の声に、俺は心の底からため息を返すのであった。

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