第7話 説明

「えっと、まあ粗茶ですが」

「ん」


 家に入るなりソファーにふんぞり返る玉藻の前に、取り敢えずお茶を用意する。

 現代の家は珍しいのか、様々な物に興味を示す大妖怪はお茶を一気に飲み干す。


「良きお茶じゃな。良き茶葉でも使こうているのか?」

「いえ、格安で売っていたお茶です」

「ん、そうか」


 俺の言葉を気にした様子もなく、玉藻の前は周りを見渡しながら質問してきた。


「家族はおらんのか? お主の年頃なら共に過ごすものじゃと思うておったが?」

「今ごろ聞きます? それ」


 出来れば家に入る前に聞いて欲しかったが、まあ結果は変わらないし別にいいだろう。


「父親は仕事で海外に、母親は幼い頃に事故で亡くなりました」


 交通事故、だったらしい。

 漫画やドラマのように何かの陰謀があった訳ではなく、飲酒運転していた自動車に引かれて。

 父はその事実から逃げるように海外を飛び回っている。


「そうか。……まあ、そういう事もあるじゃろ」


 興味が無いのか、淡泊すぎるような玉藻の前の言葉。

 だけど幼すぎて母の記憶も無いような俺にとっては、変に同情されるよりは有り難たかった。

 それよりも今は、聞きたい事が山のようにある。


「で、聞かせてくれるんですよね?」

「ん? 我のスリーサイズの事か? 仕方ないのう、上から」

「言わんでいいです! 何でそうなるんですか!?」

「若い男なら聞きたいかと思うたが……知りたくはないのか?」

「……無い!」


 ちょっと、いや結構聞きたい気持ちもあるが意地を押し通した。

 そんな俺の気持ちを見透かしているように、玉藻の前がニヤニヤしている。


「何じゃ? もっと別の所が気になるのかえ? 特別サービスじゃ、教えたらじっくり見せてやっても良いぞ?」

「そんな! 箇所は! 無い!」

「じゃったら衣類に興奮する質か? 着替えてやっても」

「おりゃ!」

「おごっ!」


 取り敢えず黙らせる為に茶菓子として用意していたクッキーを玉藻の前の口に押し込める。


「……美味いのう、コレ」


 しばらく咀嚼していた玉藻の前だったが、クッキーが口に合ったのか次々に口に入れる。

 その姿は小動物のようにも見え、とても大妖怪・九尾の狐には見えなかった。

 ……もう呼び捨てでもいいかも知れない。


「冗談はそこまでにして、いい加減聞かせてください」

「全く。茶目っ気が分からん奴じゃのう」


 その言葉に若干イラッとするが、何とか気持ちを静める。

 玉藻の前は一旦クッキーを食べるのを止めると、何かを唱える。

 すると着ていた巫女服が光に包まれ、別の衣装に切り替わる。

 ……それは別にいいんだが。


「何でスーツ?」


 そう、新たな衣装はスーツであった。

 ご丁寧に眼鏡もかけており、色気が強い気はするが雰囲気は女教師を想像させた。


「人間が物事を教える時にはコレが正装と聞いたんじゃが?」

「誰ですかその歪んだ知識を教えたの」


 既に精神的に疲れてしまったが、聞かない訳にはいかないので質問する。


「……あの世界は一体何なんですか」


 その質問に対して、玉藻の前は腕組みしながら答え始める。


「詳しくは我も知らん。何時も間にか誕生した此処とは違う世界、どの妖怪に聞いても同じ認識じゃろうな。人も動物も住んでおらん常夜な世界。陰陽師共は『裏世界』と呼んでるようじゃがな」

「え? まだ陰陽師ってまだ存在してるんですか?」


 新たなキーワードに思わず声を出すと、玉藻の前は逆に不思議そうにしている。


「何じゃ、陰陽師の存在も知らんかったのか。まあ昔から奴らは秘密主義じゃったしな」

「と、取り敢えず陰陽師についてはまた後日聞きます。話が長くなりそうなんで」


 陰陽師についても気になる所ではあるが、とにかく今は疑問を潰していくのが先だ。


「では次の質問です。何で妖怪が巨大ロボットになれるんですか?」

「ろぼっと、というのはよく分からんがあの鉄の体の事も詳しくは知らん」


 玉藻の前は新たにクッキーを食べつつ、説明を始める。


「あれは妖術の一種じゃ。じゃが誰が使い始めたのか? 何のために伝えたのか? などは知らん。大方、陰陽師に対抗するためにどこぞの弱小妖怪が編み出したんじゃろうがな」

「強い妖怪は使わないんですか?」

「我もそうじゃが、ある程度になると素で戦った方が強いからのう。性質的に使えない妖怪もおるしな。じゃが妖怪のほとんどはその術を『鉄の器』と呼んでおり、それを使った鉄の躰を『怪機』と呼んでおる」

「『鉄の器』に『怪機』……」


 次々に出てくる新たなワードに混乱しつつも、少しづつは整理出来始めていた。

 他にも聞きたい事は山ほどあるが、もう一つ重要な事を確認しないといけない。


「玉藻の前さま」

「何じゃ? 改まって」

「……アナタは平安の頃、人間と戦い敗れて封印されたと記されています。そんなアナタが何故あそこ、『裏世界』にいたのですか?」

「……聞きずらそうな事を聞いてくるのう、叶夜」

「気を悪くしたのなら謝ります。けれど契約というなら、聞いておきたかったので」


 正直怖くて足が震えているが、そんな俺を面白がるように玉藻の前は笑っていた。


「構わん。何時かは話そうと思うておったしな。じゃがその頃の我については語らんが、それで良いな」

「踏み込み過ぎましたか?」


 そう聞くと玉藻の前は少し照れたように頬を赤らめる。


「いや、その……恥ずかしいじゃろ?」

「どこで照れてるんですか」

「とにかく! 今は話せん! 時を見て話す!」

「あ、はい」


 声を荒げる玉藻の前にそう頷くと、彼女は妖怪について語り始める。


「妖怪というのはそもそも人間の畏怖や信仰によって生まれるものじゃ。自然現象じゃったり不可思議な出来事を別の何かに置き換えたもの、それが妖怪じゃ」

「一応知識としては、知っています」


 調べていた事もあるため、そこら辺の知識は知っていた。

 俺が理解出来ているのを確認すると、玉藻の前は続きを話す。


「つまりじゃ、人間が信じている限りは妖怪は蘇るという訳じゃ。先ほど倒したのも何れは蘇るじゃろうな。どれだけの時がかかるなど、知った事では無いがな」

「な、なるほど」


 彼女が、いま目の前にいるのもそういう事なんだろうと納得していると玉藻の前が口を開く。


「妖怪は人間が居なければ存在できんが、人間は妖怪がおらんでも生きていける。ま、その程度の関係じゃな」

「な、何と言うか。達観してますね」

「五百年以上生きて見よ、嫌でもこんな見方をせざるを得ん」


 そう言い終わると、玉藻の前は衣服をスーツから最初の巫女服に着替えると背伸びをする。


「取り敢えずは知りたい事は知れたじゃろ。我は空腹じゃ、叶夜」

「お腹減るんです?」

「こっちの世界。仮に『表世界』とでも呼んでおこうかの、とにかくこっちにいる時にはな。ああ、気を使わんで簡単なもので良いぞ」

「……本当に簡単なものですよ?」


 まだ聞きたい事はあるが、当の本人がやる気が無いなら仕方がない。

 そう思って俺は台所に立つのだった。



「美味い! 叶夜! お主は天才か!?」

「……どうも」


 あり合わせで作ったチャーハンを勢いよく食べる玉藻の前を見ながら、俺も一口食べる。

 やはりお世辞にも美味しいとは言えない出来のチャーハンであった。

 喜んでもらえるのは嬉しいが、それを美味しそうに食べる玉藻の前を見て俺は次から敬語を止めようと心に決めるのであった。

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