第6話 現実
「う、う~ん?」
「ようやく目を覚ましたか、叶夜」
玉藻の前の声を聞いて、俺の意識は少しづつ目覚め始めた。
どうやら俺は気を失っていたようで、気づけばあのコックピットの場所ではなく廃墟のようになった街のど真ん中で寝ていたらしい。
……それは良いんだけれど。
「玉藻の前さま? 一つ聞いてもよろしいですか?」
「何じゃいきなり」
「どうして俺を膝枕してるんですか?」
そう。
いま俺は大妖怪であるはずの玉藻の前に何故か膝枕をしてもらっている状況である。
お陰で頭は痛くは無いが、正直顔も近いし柔らかいしでドキドキするので止めて欲しい。
「こう言うのは男は好きじゃろうと思ったんじゃが? まあ目を覚ましたならやる意味も無かろう。早く起きよ」
そう言われて俺は、若干後ろ髪を引かれつつ立ち上がる。
そして玉藻の前も同じく立ち上がると、ニヤニヤしながら問いかける。
「で? どうじゃった? 我を手取り足取り操ってみせた感想は?」
「……正直何が何やらで、まだ混乱してます」
嘘を吐いてもしょうがないので正直に話すと、玉藻の前は不服そうであった。
「なんじゃつまらん。もっと感激するべき所じゃぞ?」
「す、すみません?」
何となく謝ってしまったが、俺が悪いのか?
そんな事を考えているのを知ってか知らずか、玉藻の前は呆れたようにため息を吐く。
「まあいいじゃろう。これから嫌でも乗る事になるんじゃからな」
「……」
そうだった。
他に方法が無いとはいえ、大妖怪である玉藻の前と契約したのである。
どんな事を要求されるのか、正直想像が出来ない。
「そう心配するでない叶夜。言った通り我はただお主のこれからを力を貸しつつ見守る、それだけじゃ」
考えていた事を見抜くように玉藻の前がそう言い切る。
正直まだ疑問だらけだが、今はとにかく信じる以外の道は無いと思う。
だから取り敢えず礼を言う事にした。
「何はともあれ。助けてくれてありがとうございました、玉藻の前さま」
「ん。そう礼、しっかりと受け取ったぞ叶夜」
玉藻の前はそう言うと、俺に背を向けて歩き始める。
「ど、何処へ?」
「可笑しな事を聞くのう叶夜。事は終わったんじゃから後はお主の家に帰るだけじゃぞ?」
「……いやいやいや」
心底不思議そうにする玉藻の前に色々とツッコミたい事はあったが、何よりもまず俺の家の件についてツッコむ。
「そもそも俺の家、知らないでしょうに」
「ん? 知っておるぞ?」
「……何故?」
「お主が気を失っとる間に頭の中を覗かせてもろうたからじゃが?」
「……」
まさに絶句。
何を当たり前のように人が気絶している隙に脳内を見ているのだろうか、この大妖怪は。
「……分かりました。もうそれは良いです」
いや本当は良くはないのであるが、多分追及してたら話が進まないので取り敢えずこの話題は放置する。
「で? この焼け野原は一体どうするんですか? というより本当に此処には人は居ないんですか?」
戦っている最中は気にする余裕も無かったが、もし人がいて巻き込まれていたりしたら本末転倒である。
俺の言葉に玉藻の前は少し悩んだように眉をひそめる。
「説明するのはいいんじゃが、少しばかり面倒じゃのう」
「いや、ここまで来たら面倒でも説明してください」
「まあそろそろ頃合いじゃしな。叶夜、周りを見よ」
「周りって言っても焼け野原しか……え?」
再びの絶句。
今まで焼けていた街並みが、時間を巻き戻していくかのように元に戻っていっていた。
数分後には何事も無かったかのように、元の街並みが戻ったのである。
「ど、どうなって」
「我も詳しい事は知らん。じゃが此処はこういった世界じゃ」
「こういった?」
「時間が経てばどのように壊れた物じゃろうと、焼けた物じゃろうとお主の世界と同じようになる。心配するだけ無駄じゃろ?」
玉藻の前は俺は頷く事ができなかった。
目の前の光景が現実とはとてもじゃないが思えなかったのである。
「叶夜」
「……」
「叶夜!」
「っ! な、何でしょうか」
強めに叫ばれてようやく意識が玉藻の前に行く。
玉藻の前はため息を吐きながら、俺の頬に手を添える。
「いきなり事で困惑するのは分からんでもない。じゃがこれから先、この様な事が日常になる。覚悟せい」
「……はい」
どこか子どもを優しく叱る親のように語る玉藻の前に、俺はそうとしか返せなかった。
だが、少なくとも此処でこうしていても埒が明かないのは明らかであった。
「ん。よろしい」
玉藻の前は満足したように俺の顔から手を放す。
そして再び俺に背を向けて歩き始める。
「細かい事はお主の家に着いてからでいいじゃろう。ほれ、早く行くぞ」
正直、聞きたい事はまだまだある。
だが玉藻の前の言う通り、落ち着ける場所で話した方がいいのかも知れない。
そう考えて、俺は玉藻の前の後を追うのであった。
「ここです」
「ふむ。コレが現代の一軒家という物か。思っていたよりしっかりしておるのう」
「まあ平安の頃に比べれば、そうでしょうね」
そんな事を言いつつ俺は家の鍵を取り出す。
「待て。その前に叶夜、お主を元の世界に戻す」
「え? でも、説明してくれるんですよね?」
まさか説明もしないつもりなのかと身構えるが、返って来た答えは斜め上のものであった。
「当然じゃろ? じゃから我もお主と共にそちらに行く」
「……それって、大丈夫なんですか?」
現代に大妖怪復活。
もしかしなくても一大事になるであろう事態になりかねないと思うのだが。
「心配せんでも良い。我の姿は人には見えんし声も聞こえん。じゃからお主もそのつもりでおれよ。周りから白い目で見られたくなければのう」
「わ、分かった」
「よし、では目を閉じよ」
言われた通りに目を閉じると、額に指か何かがそっと添えられる。
すると一瞬浮遊感を感じるが、すぐに元に戻る。
「もう良いぞ」
目を開けるとそこにはやはり玉藻の前がいた。
周りを見渡しても、先ほどの世界と殆ど同じなために本当に戻って来たという感覚が無かった。
唯一の違いは周りの家の電気が点いているなど、人の気配があるぐらいだろう。
「ほれ。早く入るぞ」
急かされるように家の鍵を開けると、玉藻の前は俺より先に家の中に入っていった。
俺も急いで入ろうとしたが、その前に気づいた事があった。
玄関に置いてある鏡、それに玉藻の前が写っていなかった事を。
(本当に人外、なんだな)
そんな今更な感想が、頭の中に思い浮かぶのであった。
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