第10話 運命

「なあなあ知ってるか?」

「知らん」

「今日も叶夜が素っ気ないぜ」


 学校への通学中、何時ものように絡んでくる信二を適当にあしらう。

 だがそれも何時もの事なので、信二は会話を続ける。

 ちなみに玉藻は今回留守番である。

 昨日の痴女発言がまだ多少効いているらしく、外に出る事を渋ったのだ。


「何と我らが一年に転校生がやって来るらしいぜ。しかもお前のクラスに」

「ああ、そう言えば仲村がサプライズがどうこう言ってたな」


 すっかり忘れていた記憶を掘り出しながらそんな事を言うと、信二はやけにニヤニヤしながら続きを話す。


「しかも、超美人らしいぜ? やったな!」

「アホか。仮にそれが事実だったとしても、俺が得になる事じゃないだろ」

「いやいや分からないぜ? 転校生との青春ロマンス。学生なら憧れて当然だろ?」

「……まあ俺の隣、空いてるけど」

「おお!」

「そもそも何でこんな時期に入って来るんだよ、その時点で少し怪しいだろ」

「親の転勤の都合なんじゃねぇの? 気にしすぎると抜けるぜ? 眉毛が」

「いや、何でだよ」


 適当な事を言う信二に呆れつつ、その噂の転校生について考える。

 既に玉藻や昨日の同級生で目が肥えているため、その超美人とやらに惹かれる事はないだろう。


「あ」

「どした?」

「い、いや。何でもない」


 昨日の同級生、確か八重と言っただろうか。

 この辺に慣れていない様だったし、思い返せばフラグぽい事を言ってた気もしなくはない。

 だが、その事を話せば面白おかしく言われるのがオチだ。

 だからこの事実は黙っておこうと思ったのだが。


「ふふふ。分かる、分かるぞ。その反応は転校生に心当たりがあり、尚且つ交流もした事がある反応だ!」

「……なんで分かるんだよ」


 この信二という男、こういった無駄なところでは物凄く勘がいいのである。

 そして、こうなると俺が吐くまで絡み続けるのは目に見えている。

 仕方なく昨日の出来事を素直に話すと、信二は空に拳を突きあげながら。


「恋愛フラグ来たぁぁぁぁぁ!!」


 と近所迷惑な声を出した。

 ……というか。


「いやいやいや。そんな事ないから。ちょっと人助けしただけだから」

「いやいやいやいや! だからってそんな偶然あるか? 漫画ならラブコメ始まってるぜ?」

「大体、その転校生が昨日の八重って事は分からないだろうが」

「状況的にはピッタシなんだろ? きっと真っ赤な糸でグルグル巻きだぜ!」


 あまりに力説する信二を相手するのに疲れ始めた俺は、話を打ち切るようにこう口にした。


「分かった分かった。その転校生が本当にあの龍宮寺八重だったら学食奢ってやるよ」

「お、マジで! ラッキー!」

「まあどうせ、ぬか喜びだろけどな。そんな偶然、ある訳が」



「皆さん初めまして。龍宮寺八重と言います。不慣れな事も多いですが、よろしくお願いします」

(……あって、しまった)


 噂に違わぬ美女系転校生に沸く教室の中で、ただ一人俺は頭を抱えていた。

 信二と別のクラスだったのを、今日ほど安心した日はない。

 アイツのニヤニヤを見ながら過ごすのは耐えきれない。

 そんな俺をよそに、担任の仲村(彼氏なし)が説明しだす。


「龍宮寺さんは京都出身なんですよ~! ご家族の都合で一人でこっちに引っ越して来たので、皆さん仲良くしてあげてね~!」


 クラスから同意の声が挙がるのを確認すると、仲村(両親にキャラを心配される)が俺の方に注目する。


「じゃあ龍宮寺さんはあの空いてる席でお願いね~。隣は朧叶夜くん! 無愛想だけど悪い子じゃないからね」

「ええ。知ってます」

「ん?」


 そう言うと、龍宮寺はツカツカとやって来ては俺の隣の席に着席する。

 そして、どこか勝ち誇ったような顔をしながら声を掛けて来る。


「ね? 昨日じゃなくても良かったでしょ?」

「……みたいですね、龍宮寺さん」

「ん~? 龍宮寺さんと朧くん、何か接点でもあるのかな~?」


 放っておいて欲しいが、仲村(合コンでいつも最後は一人)が窺ってくる。

 いや、先生だけではなくクラス全体が聞く気満々である。

 どう当たり障りないように言おうか考えてる横で、龍宮寺が口を開く。


「いえ、昨日困っていたところを助けられただけです」


 その言葉にクラスが一層ざわつき始める。

 助けた相手が転校生で、しかも隣の席。

 確かに物語が一つや二つ始まってもおかしくは無い。

 何故みんながざわついているのか分かってない様子の龍宮寺と、再び頭を抱えている俺。

 二人がしばらくは話題の中心になる事は、考えるまでもなかった。


「……」


 ある一か所から感じる、刺さるような視線を感じながら。



「いや~! 転校生のお陰で得出来たぜ!」

「はぁ。せめて味わって食えよ?」


 時は流れて昼休み。

 俺は信二と一緒に学食に来ていた。

 ここぞとばかりに一番高いカツカレー大盛りを頼む信二と、比較的安いうどんを頼んだ俺は適当に空いてる席に座る。

 席に着くなりカツカレーを胃に流し込む信二に呆れつつ、俺もうどんを啜る。

 個人的には冷たいのが好みだが、このホッとする味は何とも言えないものがある。


「で? どうだったよ?」

「何がだよ」

「噂の転校生、龍宮寺さんの事だよ。学年問わずに美人って噂になってるぜ?」

「……知ってるよ、同じクラスなんだから」


 何せ授業の休み時間の合間ですら、通路が人で埋まっていたぐらいだ。

 昼休みである今、まともに食事が取れるのか他人事ながら心配してしまう。


「で? お前から見てどう思う?」

「……」


 信二がこうなったら聞き出すまで終わらないだろう事は知っている。

 仕方なく俺は、箸をおいて話始める。


「ま、文句なしの美人だよな。そこは認める」

「ほうほう」

「それに見た感じ勉強も出来るしスタイルもいい。何なら今日から告白されるだろうな」

「彼女にしたい感じか?」


 信二がニヤニヤしながら聞いて来るのに対し、俺は再び箸を掴みながら断言する。


「分からん」

「思わぬ答えだな。その心は?」

「どうも何も。出会ってから二日だぞ? どんな相手かも分からないのに好きとか言わないぞ、俺は」

「堅実というか何と言うかだな。一目ぼれとかした事ねぇの?」

「……憶えてる限りだとな」


 玉藻に見惚れていた事実はあるが、アレは人外なのでノーカンである。


「統括すると、美人には違いないが一目ぼれするほどではない。そんなところかな」

「なるほどなぁ」

「ってか、お前はどうなんだよ信二。龍宮寺に惚れたりしないのかよ」

「ん? んん~。正直俺はいまは異性にそれほど興味ないからな。お前と遊んでる方が楽しい」

「……お前それ、絶対他の奴に言うなよ」


 また一部の趣味の奴が騒ぎそうな発言を口にする信二に釘を差し、再びうどんを啜ろうとした時であった。


「隣、いいかな?」


 噂の大元である龍宮寺八重が、そう聞いてきたのであった。

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