第三章・始まりの扉

「わたしがなかなかその魂の記憶に触れられなかったのは──時折わたしの心の中に、雫のように漏れ出してくる記憶がエスタシオンさんのものだと気付かなかったのは、あの魂が──魂になったエスタシオンさんが、己の記憶がわたしの心に負荷をかけないようにと蓋をしていたから。もともと一つでなく二つの魂。干渉は危険を伴います。だから、わたしが受け入れられるようになるまで、待っていてくれたのでしょう。そして──今、全てを『思い出した』のです」


「そんなことって、あるんだな──理解し難いが」


 フィンはおもむろにネウマの頭をポンポンと叩くと、ネウマの両目をまっすぐに見て語りかける。


「おい! 居るんだろうシオン! 起きろエスタシオン! 持ってきてやったぜ!」


 投げつけるようにネウマに一通の──セレスに来てからずっと懐に忍ばせていた一通の手紙を渡すと、ふいと明後日の方向を向いた。


「フィンさん、これは──あれ、フィン、これって……」


 封書の宛名を記した文字を見て酷く驚いた顔を浮かべたエスタシオン──ネウマに、フィンは「開けてみろ」と微笑む。


『拝啓 亡きアウィス。 ──久しいな。エスタシオンの学長、フィンリックといったか──毎週のようにアクアーティカに訪ねて来るうるさい奴と、君の弟で今は族長になったラグ・アクアーティカの毎度の懇願への対応がもう面倒くさくなってな。君の廃嫡を──取り消すことにした。ここに書類を同封する、あの世で早々に確認せよ。 ──イス・アクアーティカ』


 流暢なアクアーティカ語で書かれたその手紙と、折り畳まれた通知書を見て、ネウマの両目からはぼろぼろと大粒の涙が滴る。

 静観していたシェーナとアズロは、そのまま二人を見守り続けた。


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