第三章・始まりの扉

 長い道の途中で立ち止まると、シェーナは脇道にある木立を指差す。


「あの辺りで着替えちゃうといいわ、フォーレスに入ればセレスの間者もいるでしょ? アズロは元に戻っちゃったほうが良いと思う」


「ああ──相変わらずよく知ってるね、そうだよ、間者は居る。フォーレスとセレネの国境は無いに等しいからね」


 アズロは言うなり木立に跳躍すると、一瞬で着替えてみせた──が。


「くぉらアズロ!」


「いだだだ、何?」


「ネウマちゃんがいるでしょ? 着替えるにも場所を選びなさい馬鹿!」


 すかさずシェーナの鉄拳がアズロを襲う。

 ネウマは慌てて二人の間に入った。


「あの、大丈夫ですわ。お二人とも──殿方の着替えなら嫌というほど見たことがありますし──あら? わたし、何故……それはあり得ないですわね……」


 二人を止めるつもりが、自らの思考に止められてしまう。

 ネウマはアクアの巫女だ。

 男性の着替えなど、見たことがあるはずが無かった。

 それなのに、口をついたように出た今の言葉は──


「ネウマちゃん、庇わなくて大丈夫よ、こいつの気がきかないだけだからね」


 シェーナは優しくネウマの髪を撫でると、ネウマちゃんも着替えておいで、木立の後ろ側の隅なら見えないからね、とネウマを促し、自らもネウマの守護のためにある程度近くで見守った。

 ネウマは不思議そうな表情を浮かべたまま手早く着替え、なおも不思議そうな表情を変えずにいた。


(わたしは一体──)


 自らの過去を思い出せるだけ思い出しても、届かない何か遠いもの。

 それを思って、ネウマは固く口を結んだ。


(いえ、今は考えている時ではないですわね、旅に集中しないと……)


「ありがとうございます、シェーナ様、今そちらに伺いますね」


 着替え終わったネウマの頭を、シェーナは再び撫でた。


「いいのよ、護衛だと思って。私は、アズロと同じくらい強いからね」


 不敵に笑ったシェーナに、ネウマは屈託のない笑みを見せる。


 笑い合う二人を、フィンは遠目に、これまた不思議そうに見つめていた。


(嫌というほど見たことが? ……聞き間違えか? ……いや、あり得ない、あり得ないな)


 フィンもまた、己の疑問を無理矢理抑え込んでいた。



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