第二章・優しい追い風


 しばらくの時を経て。


 柔らかな緑の長い髪を編み込んだ女性と、女性に手を引かれた金の髪の少女、その脇に無表情で立つ白い髪の少年が、ラシアンの砦の巨大な門の前で佇んでいた。


「立派な砦ね、はじめて見たわ。一度は来てみたかったのよ」


 緑の長髪のカツラを被り、シェーナに施された薄化粧、そしてアクセントなのか付け睫。自然な口調と、テノールより少し高めたアルトの音程で先程からぶれずに女性を演じきるアズロに、フィンは唖然としながらも、ぽつりぽつりと応える。


「そう……だね。僕も……はじめて見たよ……」


「本当に頑丈そう!これなら敵はなかなか侵入できないねっ」


 相変わらずの自然体な演技の──今は金の髪のカツラで簡単な変装をしているネウマは、目新しい光景を全て瞳に焼き付けるかのように、四方を見回していた。


 シェーナは先に内部に入って手続きをすると言い残して駆けてゆき、少し前から三人ともが待機している。

 あなたは女装してね、とシェーナにさらりと言われたアズロは女装での潜入任務も経験していたらしく、全く抵抗なく許諾する始末で。

 確かに身長的にも不都合はない中性的なアズロだが、それでいいのかね?とフィンは何度も突っ込みそうになり──実際何度か突っ込みを入れては、ネウマに諭されていた。

 人生にはどんな経験も必要らしいのですよ、と。


「あー、その、姉さん」


「何かしら? フィン」


「嫌じゃないのか? その……」


「ああ、この格好ね。大丈夫よ、むしろいつもと違った世界が見えてちょっと面白いわ」


 にっこり笑った表情に影はなく、アズロが本心から楽しんでいるのが伺える。

 同時に、自らの価値観が崩れ落ちるような感覚に、フィンは目眩を覚えた。


「……すごいな、姉さんは」


 呆れて呟けば、うふふ、と照れたような笑みが返されて。


「参ったよ……」


 誰にともなく、呟いた。


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