第二章・優しい追い風

「お姉さまは、シェーナさまと仰るのですね。私はネウマと申します、お見知り置きいただけたら幸いですわ」


「あら……ネウマちゃん、鈴のような声なのね。懐かしいわ。私の友人を思い出す……。……っとと、そうだわ! あの花を芽吹かせてくれて、ありがとうね」


 満面の笑みを浮かべたシェーナの顔に曇りが無いのを見て、アズロは感嘆の息を吐いていた。

 フィンもまた同様に、小さく頷く。

 ネウマは二人を不思議そうに眺めてからシェーナに向き直ると、穏やかに微笑んだ。


「いいえ。私はこの土地に必要な祈りを捧げただけですわ。あの種がまだ生きていたのは、アズロさん、シェーナさん……お二人の心が種を護っていたからです」


「――ネウマちゃんは、不思議な力が使えるのね。ここの土地は、荒れたままだと思っていたわ」


「んー、そうですね。少し特殊でしょうか……。巫女の礎(いしずえ)を失うことなく巫女職に在る者であれば、大地の渇きを潤すことは可能です。力の及ぶ範囲は能力によりますが……元々、大地とは優しいものですから、語りかければ廻るのです。廻りを遮ってしまうのは、人の業ですから」


 淡く淡く。

 語られる言葉は、仄かな切なさを孕むようで。

 普段はあまり顕にならないネウマの感情の欠片はそっと、大気中に漂う。


「私も、ネウマちゃんみたいに潤せたらなぁ」


 俯いて唸ったシェーナに、ネウマはにっこりと笑みを浮かべた。


「……大地が、喜んでいますわ。ありがとう、と」


 透明に響いたその声に耐えかねたように、シェーナはネウマをぎゅっと抱きしめる。こちらこそよ、と晴れやかに笑いながら。


 くすぐったそうにしながらも、それまで浮かべたことのない柔らかな笑みへと表情を変化させたネウマに、フィンは静かな眼差しを向けていた。


(神殿にいたなら、こういう光景は無かっただろうな。おそらく……側仕えのシア君を除いては――)


 ほんのりと嬉しさを漂わせるフィンに気付いたのか、アズロが面白そうに微笑む。


 風が、皆をくすぐっていた。


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