第一章・水色の名残雪
夜も朝もない小さなシェルター内部は、セレスには無い不思議な力で、常に光量が均一に保たれている。
昼間ほど眩しくないが、物を見るのに不自由しないほどには明るい。
そんな中で、ネウマはすやすやと寝息を立てていた。
「……全く、この子は寝るのも素早いのか」
フィンは側に畳んであった布をそっとネウマに掛け、ため息をつく。
「どの街に馴染ませればいいやら、全くわからんな。知識を追求したいならヴァルドよりはセレス王城内の図書館か……。しかし本棚を破壊するのは目に見えているしな……ヴァルドのラシアンならば程々に神殿の知識も民衆の知識も得られよう――」
(――いや、だめだ。この子はきっと、中途半端は苦手だろう。そもそも、この子が得たい知識は……)
ふと、瞼を閉じたネウマの横顔を見やった。
水色の睫毛から滴った涙が、ゆっくりと頬を伝って筋になる。
それは一瞬で消えてしまったが、日中の朗らかなネウマからは想像もできない光景だった。
「……君が頼れる仲間が、早くできると良いな。いずれは安住できたら良い。……君は、この世界──セレスで生まれた人間なのだから……巫女の君でなくとも、生きてゆけるだろう。……それまでは仕方ない、付き合うさ」
人知れず涙を流す所までも、重なる。
奴の場合、涙ではなかったが……
あいつは、シオンは、総合学府エスタシオンを維持するために日々暗躍していた。
エスタシオンに潜入した各所からの刺客を様々な方法で葬る手腕は見事だった。
──が、しかし。
自らの所業に耐えられなくなってか、時折食事はおろか、水さえもろくに口にしなくなっていた。
胃液しか無い状態で「外の会食で食べ過ぎたのか吐き気がー」と笑いながら日中を過ごし、宵に一人になると、付近の庭で咳込んで……逆流したらしい胃液を、咳と一緒に吐き出して。
自分が見つけると、シオンにしては珍しい、ぎくりとした表情で振り向いて、言い訳にならない言い訳を歌うように口に出していたんだ。
「不摂生にも程がある……」
今呟いたところでどうにもならない言葉を吐き出し、フィンはネウマに背を向けるように転がった。
……今、あいつは笑っているだろうか。
空の上で笑われたら嘲笑に見えてくる気がして、やっぱり笑わなくていい!と小声で叫ぶ。
――とても、静かな宵だった。
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