第一章・水色の名残雪

「それより、だ。今私達はアクアに接するヴァルドの街道に居る」


 咳払いをしてからシェルターの床に地図を広げたフィンを、ネウマは興味津々の眼差しで見つめて。


「ええ。先程の能力には驚きましたわ。転移方陣、というのですね。アクアからヴァルドの街道は検問もあるようですから心配でしたが……うにょうにょーとして、分岐点があって、そこからびゅーん!ってなって、すとんって着地したら景色がまるで違うんですもの!」


「君は……それは、素の話し方か? なんとも緊張感の無い……転移方陣の身体への負荷にやられる者さえいるというのに、嬉々として方陣内部を見渡していたな……。余程肝が座っているのか、あほ……なのか」


「お誉めにあずかり光栄ですわ」


「いや、褒めていない」


 衣服を購入してシェルターに落ち着く前に、フィンはセレス世界には存在しない、空間と空間とを繋いで一瞬にして遠距離を移動する魔術、転移方陣を展開した。

 気絶するかと思われた少女は、楽しそうに笑っていたのだから、呆れてしまう。


 地図に視線を落とし、ヴァルドのとある街を指差したフィンが地名を読み上げる前に、ネウマは口を開いた。


「ラシアンの白の神殿、ですわね」


「読めるのか? これは共通語でなくヴァルド語だぞ?」


「西神殿の生活は暇でして。エイシアお姉さまが側仕えになって下さってからは、こっそりお願いして言語や雑学を教えていただいてましたの」


「あー……ああ、うん、なるほど」


 苦笑いしたフィンに、ネウマは、少しだけ悲しげな笑みを浮かべる。

 瞳は僅かに揺れていた。


「エイシアお姉さまが来て下さるまで、私は何の知識にも触れられませんでした。無知であれ、との、上からの通達があったからです。ですから……お姉さまは、そんな私を、政治の道具でなく人間として扱ってくださった、私にとって、かけがえのないお方なのです……」


 今はどこにいるのか判りませんが、と呟いたネウマの眼差しは、何かに気づいている様子で。

 もう会えないことを、知っているような──

 そんな、遠くを眺める表情を湛えていた。


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