2-2 収容所の怪


1958年 ドイツ第三帝国 ベルリン


 ベルリン郊外にある中隊本部についた大尉達一行は、すぐさま副官である少尉が走ってきた。

 「お帰りなさいまし、中隊長」

 「ご苦労。早速で悪いが、出撃だ。準備してくれ」

 大尉がそう言うと少尉は、敬礼の後に小走りで兵士を呼び集めた。

 「ルセフ様。道中は、われらが護衛しますから安心してください」

 大尉は、ルセフ達に用意したダイムラー・ベンツの170シリーズが2台手配されていた。

 「大尉。ここから離れるとして、どうやってチェコスロバキアまで向かうのですか?」

 ベルリンからチェコスロバキアの都市「マウンツハイム」までの距離は500キロほどのあり、普通に行くにも2日がかりとなる。

 しかも、この人数であれば複数の車両で移動することになるだろう。

 仮に、アウトバーンを使って素早く移動したとしても、SSならば素早く主要な出入り口に展開してルセフを危険にさらすことになるだろう。

 鉄道を使うにしても同様で、先のように駅で検問を張って、抜き打ち検査をすればかなりの確率で身柄を確保されるだろう。

 だから、ルセフが不安がるのも道理といえるだろう。

 「安心してくれ。上には副総統が根回ししてくれているし、この作戦にも協力してくれるそうだ。副総統様様だよ」

 大尉は、ルセフに笑顔で答えると、しっかりとしない回答で返す。

 暫くすると、少尉がルセフたちの元に歩いてくる。

 「申し訳ございませんが、ご客人方にはこれを着てもらいます」

 ルセフと記者には、国防軍の市街地迷彩がかかった軍服を手渡し、全国指導員に上から被れるシスター服が与えられた。

 「ってことで、皆様方。マウンツハイム行の車両が用意できましたので、皆様番号が割り振られているお席にご同乗ください」

 大尉がそう言いながら神父の服を着ながら近づいていく。

 彼の横には、上司である連隊長が直立不動でルセフに対面する。

 「ルセフ閣下。ようこそ私の連隊にお越しいただけました。わが連隊は、閣下の支援の全力を挙げて協力させていただきます」

 連隊長がローマ式敬礼でルセフに応対すると、頭を掻きながら彼の敬礼に笑顔で答える。

 「ありがとう、連隊長。私のようなものに君達のような猛者が味方に付いてくれて心強く思うよ」

 敬礼する連隊長は、ルセフに作戦の詳細を地図を見せながら説明する。

 作戦は、用意されたダイムラー・ベンツを連隊の囮車両と退役兵で編成された部隊をオーストリア方向に向かうアウトバーンを走らせて親衛隊を含む反ルセフ派勢力の組織を誘い込む。

 連中が囮を追っかけている間に、大尉たちの部隊が別ルートからマウンツハイムに向かって移動して行く。

 その際の規模は1個小隊ほどとして、大尉と全国指導員は従軍牧師に、記者とルセフには国防軍に化けてもらい、運送員には、その地域にある部隊から、新たな従軍牧師の派遣を要請された事として、輸送中という書類を作成して惑わす作戦となっている。

 また、同連隊は、作戦終了後にベルリン郊外にあるトーチカ陣地を中心に潜伏し、治安回復を行う時に備えて武装準備を行う予定である。

 彼らの家族は、事前にルドルフと国防軍の協力者により、身柄を保護する予定となっている。

 その報告を聞きながらルセフは、自分がどれほど重要とされていて、かなりの人間が危険に晒されている事を理解した。

 「大尉。ちょっといいかな」

 ルセフがいてもたってもいられずに声をかける。

 「どうしたんです?今作戦に不安点でも」

 「違うんだ。こんなに大事にしたくなくてね。私一人に、ここまで大げさな作戦は必要じゃないよ」

 ルセフは、つい最近までただの政府職員でしかなかったのに、こんな大規模な部隊や大物たちに必要とされているのに心が押しつぶされそうになっていたのである。

 「・・・・俺は、あなたに形式ばったような話し方は出来ないと思います。ですが、あなたを必要としている。だから、今回の作戦でも命を懸けた守るつもりだよ」

 いつも、暢気そうな大尉がそこまで思っているとは思わなかったルセフは、かなり驚いている。

 あまり興味のなさそうだった彼でさえ、ここまでの覚悟を示しているとなれば、自分も腹を括らないといけないのではないかと。

 「ただ、他二人も含めて俺たちは、あなたと事を”2代目総統”ではなく”友人”として付き合ってくつもりだよ」

 大尉がそう言ってルセフの肩を叩くと、少しよろけながらも彼に笑顔が戻ってきた。

 「ルセフ閣下。そろそろお時間です」

 「わかった」

 連隊長の声掛けにルセフが近くにあるオペル・ブリッツに乗り込むとほかの兵士や大尉たちも乗り込む。

 「作戦の成功を祈ります。お気をつけて」

 連隊長らの見送りの元で車両部隊が出ていく。

 ルセフたちが乗った車両と囮である車両部隊が離れた後に連隊は、速やかに装備を固めて移動を開始した。

 大尉たちが脱出作戦を行っている頃、ルドルフ・ヘスが家主をなくした総統官邸へと向かっていった。

 「ヘス副総統閣下。お疲れ様でございます」

 ゲートガードが、ローマ式敬礼で出迎える。

 「ご苦労。ほかにだれが来ているかな」

 「は!ゲッペルス代表とヒムラー長官、デーニッツ首相が既に来ていらっしゃってます」

 「そうか。ありがとう」

 ルドルフがそう言って中に入る。

 奥にある総統作戦室には、すでに先の名前が挙がっていたドイツ社会主義労働者党党首ヨーゼフ・ゲッペルス、親衛隊長官ハインリヒ・ヒムラー、ドイツ第三帝国首相カール・デーニッツが各席に腰かけていた。

 「ヒス副総統。大変なことになりましたな」

 ヒムラーが冷静な口調でルドルフを出迎える。

 「私もまだ信じられないよ。ところでゲーリング元帥の姿が見えないようだが」

 テーブルを見渡しながら、国防軍総司令官であるヘルマン・ゲーリングの姿が見えない事を尋ねる。

 権力欲の塊というべき男であるゲーリングが、このような大事な話に顔を出さないわけがなく、連絡が遅れたにしても反応が薄い。

 おそらく、誰も連絡してないのであろう。

 「彼のことはいい、どうせ喚きたてるだけだろうからな」

 ゲーリングが冷淡に告げると、デーニッツもコクリとうなずく。

 「そうか。ならば、今回の事についてしっかり決めようではないか」

 ルドルフが自分の席を腰を下ろすと、アドルフの死についてと、次の政治指導者を誰にするかを決定しなけれなならない事を話し合う。

 

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