収容所の怪

2-1 収容所の怪 

1958年 ドイツ第三帝国 ベルリン


 初のベルリンを見たルセフ・ヒトラーは、首都というにも関わらづ、ウィーンよりも陰気な場所に見えてしまう。

 窓の外では、労働者がふら付いた状態で近くのバスへと乗り込んでいき、親衛隊の巡回による住居への家宅侵入を行っている光景、国威発揚の為に流されているラジオを片耳に聞く一般人などが歩いている。

 「これが、首都の光景ですか?」

 ルセフがそう言いながら、ホテルアドロンケンピンスキーの一室でほか三人とルドルフ・ヘスを待っていた。

 なれない客室にの隅には、その場で必要と思っていたものがルドルフの秘書たちにより用意されていたが、ほとんど手を付けられないで置かれていた。

 「何を間違ったのか、私が総統閣下の後任とはね」

 急に落ち着いていろいろ考えていると頭が一杯になったルセフは、窓際の椅子に腰を下ろしてから呟いた。

 彼が頭を抱えていると玄関の扉から軽くたたく音が部屋へと響いた。

 「どうぞ」

 「失礼します、閣下」

 中に入ってきたのは、ルドルフとほか三人が入ってきた。

 「閣下はよしてくれ。まだ、頭の整理ができていないんだ」

 「そうでしたか。しかし、この国の行く末を決めるためにも閣下の存在は必要不可欠でありますから。なるべく早めに頭と心の整理をしてくだされば幸いです」

 ルドルフは、ルセフに対してその様に投げかけると、ルセフが不満げな顔で睨みつける。

 「まぁ、まず先にルセフ様には、総統閣下の元に行ってから、継承の方をしてもらわなければいけませんからな」

 「わかったよ。少しシャワーと着替えをしてくる」

 そう言って、奥のシャワー室に持ってきてもらっていたシャツなどをもって歩いていく。

 「ところで、君たち。本当にご苦労であった。改めて礼を言わしてくれ」

 ルドルフは、3人のほうに向きなおると頭を下げる。

 「国家の行く末を決める大切な任務に関われて光栄でした。しかし、わからない事が多すぎます。襲って来たあの親衛隊のグループやその者たちが連れていたモノたちは一体何なのかなど」

 「まぁ、ここでねほりはほり聞いても仕方ないでしょう。とりあえずは、お褒めの言葉をありがたく受けましょうじゃないですか」

 全国指導員の質問攻めを記者が軽くいさめる。

 「ところで、副総統閣下。総統閣下の容体などは、どのような状態だったのですか」

 「貴殿らがあった後から意識不明の状態だったが、一昨日より安定してきていたのだ。彼と会うくらいなら問題なく行えると思っている」

 ルドルフがそう言いながらも不安が付きまとっているのか、顔を軽く振った後に答えた。

 「それよりも君たちに頼みたい業務があるのだが・・・・」

 彼が次の依頼をしようとした矢先に玄関の扉が勢いよく開かれた。

 「副総統閣下。大変であります!」

 ルドルフの秘書が飛び込むように入って来る。

 顔面蒼白な彼は、手元に握っていた紙をルドルフに手渡す。

 途端に青ざめて、周囲を確認するルドルフにシャワーから帰ってきたルセフが何かあったのかと彼の顔を伺う。

 「どうしたのですか、ヒス副総統閣下?その紙は一体」

 「ルセフ閣下には申し訳ありませんがしばらくの間、安全の確保のために彼らと同行していただきたいのでございます。ベルリンの安全が確保出来次第、総統職の継承をしていただこうと思いますので」

 事態の呑み込めていないほかの者達は、頭にハテナを浮かべながらルドルフの顔を見ていた。

 「・・・・これは、秘匿扱いとなる極秘事項である。これを聞いた場合は、二度と離れる事は出来なくなるそれでもいいのか?」

 ルドルフがにらみつけるようにその部屋の全員を見る。

 暫くの間の沈黙が流れた後に、その沈黙を破るような張り上げ声で答える。

 「今更何ですか!私をここまで連れてきて、また隠し事とは・・・・」

 ルセフが手元にあるボロボロのカッターシャツを叩きつけながらそう告げると、後ろにいた三人もゆっくりと前に並ぶ。

 「数日とはいえ、この男と生死を共にしたんです。もう少し伸びるのも、良いんじゃないかなっと」

 「ルセフ様の護衛は総統閣下のご命令です。それがまだ継続しているだけですわ」

 「彼らについて行ったら、より大きな特ダネにあたりそうですからね。運よくそれに有りつきたいもんですよ」

 三人が各々の意志を伝えると、前にいるルセフが少し微笑んだ後にルドルフの方を見つめる。

 ルドルフは、少し頭を抱えた後に、事の真相を伝える。

 「・・・・本日早朝に総統閣下の隊長が急変。医師たちの必死の蘇生処置の甲斐なく本日6時に息を引き取られました」

 その言葉の持つ衝撃力は、彼らの予想を超えるものであった。

 総統アドルフ・ヒトラーの死は、いままで取り持たれていたドイツ第三帝国の勢力均衡が崩れる瞬間を意味していたのである。

 「・・・・そんな。総統閣下が」

 全国指導員は、その真実に耐えられずにヘナヘナと膝から崩れ降りて行った。

 「やな予感はしていたんだが、まさかそのような事が起こるとは」

 大尉は、被っていた帽子で顔を隠しながら、この状況をどうするか考えていた。

 「まさか・・・・総統閣下が亡くなるなんて」

 ルセフは、自分をここまで連れてきた男が亡くなったこという事に、不満と絶望感が入り混じった感情が溢れ出ていた。

 「私だって信じられませんが、事実でしょう。私は、総統閣下の死の状況や不審点の確認を行いつつヨーゼフ・ゲッペルスやヨアヒム・フォン・ゲーリング、ハインリヒ・ヒムラーと調整をしながら、政治体制の安定を図ろうと思います。」

 ルドルフは、そう言いながら手元にある書類などをまとめていた。

 「ルセフ閣下には、大尉の隊と共にチェコスロバキアとオーストリアの国境沿いにある『マウンツハイム』に向かってもらいます。そこには、私が調査に派遣していた調査班と現地配属で私も懇意にしているハンス・クロー大佐の空挺隊があるから、いかに親衛隊が手を出してきても対応できるはずだ」

 ルドルフの命令を聞いたルセフたちは、何とか立ち上がり、手荷物をまとめて大尉が指揮する中隊へと走っていった。

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