1-6「磔の男」作戦
1958年 ドイツ第三帝国 ウィーン
「出生証明書と身元証明書って何なんですかね。総統閣下の意図がまったくわかりませんね」
書類の束を持ち上げながら全国指導員は、アドルフの意図をつかめないままに見つめる。
ファイルの束はしっかりと押し印で封印されており、他の人たちが明けた場合効力を失うようになっていた。
「とりあえずこれは、ヴィルヘルム様により開封してもらうしかないな。なんせ、命令書にあてがわれている権限は彼なんだからね」
大尉がそう言って、封印されたファイル一式を持ち上げると空いた手をルセフに差し出した。
「何があったか知りませんが、中を見るまでは確定しませんよ。とりあえずは、これを届けるという任務をこなしましょう」
「ああ。それもそうだな」
不安そうなまなざしをしていたルセフは、軽く顔を振った後に大尉の手を取ると立ち上がる。
4人がヴィルヘルムが待つ執務室に向かうと、他の場所の探していた職員たちが外で囲み会議をしていた。
「おお、ルセフ・・・・様。ご苦労様でございます」
ルセフを見つけるなり会議をしていた職員がぎこちない丁寧語で言葉をかけてくる」
「?どうしたんだよ。あいつはお前らの同僚だろ」
記者が、何事もないような口調でそこにいる鳥巻き達に声をかける。
「おい!ルセフ様に向かってなんて口の利き方を」
「ばか!やめろ」
記者の物言いに怯えながら忠告しようとした職員を他のが取り押さえる。
「申し訳ございません。どうぞ」
「閣下が中でお待ちになっていらっしゃいますので」
突拍子のない職員の行動に狐に化かされているような違和感を覚えながら4人は、執務室の中へと向かっていく。
執務室内では、副官とヴィルヘルムが外にいる職員たちの持ってきた書類を眺めながら手当たり次第に読み漁っては険しい顔をより深くしていた。
「失礼します。ルセフ・ヒュルール以下『フランツ一世像』を調査していた者たち。ただいま戻りました」
ルセフの声に副官は、少し強張りならも「ご苦労様です」と声をかけて受け取りに行く
「君たちもここで待つように」
副官がそう言って後ろにいる3人にも告げると、慌ててヴィルヘルムの下に向かっていく。
「一体何焦っているんだあの副官は?」
あまりにも慌てた様子に大尉は、すごくいぶかしい顔をしながら二人話を振る。
「総統閣下の最後となる命令かもしれない重要命令よ。焦らないほうがおかしいわ」
全国指導員がそう答えるも、彼女もそれなりの疑問を持っているようで、渋い顔をしていた。
ヴィルヘルムと副官が彼らが持ってきていたファイルの封印を解き、中身を確認し始める。
「閣下。やはり、総統閣下が言っていた計画は本気だったのでは?」
副官は、何か深刻そうな顔でヴィルヘルムにつ尋ねる。
「副官。しばらく彼と二人にしてくれないか」
「わかりました」
ヴィルヘルムの命令を聞いた副官は、ルセフ以外の三人に近づいて行った。
「すまんが私と一緒に外に出てくれないかね」
副官は、丁寧な口調で三人に言うと、彼らは若干の違和感を持ちながら外に同行する。
外に出た三人と副官は、しばらくの沈黙のうちに自分たちが出された理由の確認がしたくなったのか記者が副官へと疑問をぶつける。
「申し訳ないが、ルセフ氏は一体どのような身分の方なのですか?副官殿やヴィルヘルム様は、彼を呼ぶときになぜか丁寧な口調が入っております。一体どういうことなのでしょうか」
記者の質問に首を振る全国指導員と少し驚いた表情をする大尉を横目で見ながら記者は続ける。
「我らが総統閣下は、大戦中によくこの地を訪れておりました。もちろん生まれ故郷であることは承知しておりますが、アルプスのふもとに麓に広い別荘地『鷲の巣』を設け。地元の町には税を免除するなどの優遇政策をとられておりましたね」
「鷲の巣」は、アドルフが今後起こる戦争や有事の際にも素早く状況を把握用の設備を設けながら、優雅な休息を送れる場所として作られた施設である。
本来は、バイエルン州南部に建てられる予定であったが、火事により焼失した事で第二候補地であるオーストリア南部に設けられることになった。
規模は 初期の山荘案より若干狭く造られているものの山を切り抜いて広さを確保したり、自分と後の妻であるエヴァ・ブラウンが楽に住めるような設備も多く取り揃えられていたのである。
「きみは、虎の尾を躊躇なく踏むような男みたいだな。話してもいいが、これを知れば、君たちもこの後のことについても付き合って貰う事になるぞ」
「それは、願ってもないことですよ。ねっ、お二方」
突然の振りであったが、二人もコクリと頷いて、見届ける意思を示した。
「・・・・ならいいだろう。彼はな」
同じころルセフとヴィルヘルムだけが残った部屋では、ルセフに先ほどのファイルを手渡していた。
「ようやく、このことを正直に話す事が出来ますな。若君。・・・・いえ、二代目総統閣下」
ヴィルヘルムがそう言ってローマ式敬礼をルセフに行う。
表情ではキョトンとしながらもその意味を覚えろげに理解していたルセフは、ゆっくりとその書類に目を通す。
そこには、母マドリー・ヒュルールと父アドルフ・ヒトラーと書かれている出生届であった。
そしてもう一枚の書類は、アドルフからルセフへの遺言書のようなものであった。
〈親愛なる我が子よ。これは私から君への最後にして親としての最初の頼みとなる。
この手紙が開封されている時は、私の寿命ももう残り少ないか亡くなってしまっているだろう。
私が作った帝国は、かつてのような私を中心とする団結した状況ではなく、各々が上辺だけの敬意と周囲の藻を蹴落とすための策謀に余念のない状況となってしまっている。
今の帝国は、あまりにもボロボロであり、何時崩壊してもおかしくない砂上の楼閣となっている。
この状況を打開するために、そこにいるヴィルヘルム・クーベやルドルフ・ヘスと共に君を二代目の総統とする計画を行う事に決めた。
君は、急な話ですごく困惑するだろうが、このような状況となった帝国を立て直すには、ヒトラーの名が必要なのだ。
私が愛した国民と帝国のために君に頑張ってもらいたい〉
手紙を見たルセフは、さっきの悟っていた表情ではなく、すごく驚いていた表情であった。
「・・・・ヴィルヘルム閣下。こんなの私には無理であります。いくら私が総統閣下の隠し子だったとしても、今まで表舞台に出ていない私を担ぐことを誰がするでしょうか」
「ルセフ閣下。ことは急を要しています。早速準備を行いベルリンへ向かはねばなりません」
「そんな事」
崩れ切った足元に置かれたなき母親の写真を眺めながら、”父親”からの遺言書を握りしめているルセフにヴィルヘルムは、それ以上の言葉を見いだせないでいた。
突然自分に転がり込んできた最高権力とヒトラー家による政治的宿命に押しつぶされそうな状況となっていたからである。
自分自身もこのような彼を支えていけるのか?SSのヒムラーや国防長官であるゲーリングとやり合えるのか?
このような不安が彼の両肩に伸し掛かっており、ルセフを支えるほどの覚悟をまだ決めかねていたのである。
「・・・・取り合えずは、荷造りをしませんと。今日はご自宅にお戻りください」
「・・・・わかったよ」
「そうだ。外にいるあの者たちにも手伝ってい貰いましょう。総統閣下とも年齢が近そうですから、ちょうど良い気晴らしになるかもしれませんしな」
ヴィルヘルムの計らいにより、ルセフとベルリンから来た3人は、今後の行動を兼ねて彼の家へと向かうことになった。
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