1-5「磔の男」作戦

 1958年 ドイツ第三帝国 ウィーン

 

 「君たちが持ってきた命令書については拝見したが、すべてこの施設にある者の写真だ。しかし、なぜそれ以外の命令文が入っていないのかね」

 入ってきて早々にヴィルヘルム・クーベウィーン総統府長官が三人に向かって詰問気味に訪ねてくる。

 彼のには、先ほど手渡した「総統命令書000」が散らばっていた。

 「は!我々がこの命令書をいただいてから確認しておりましたが、そのようなものは入っておりませんでした。そこに置いてあるのが全てであります」

 全国指導員が、前に出て説明する。

 「・・・・本当かね。君たちが紛失しているのではなかろうな」

 横にいる副官らしき人物が、全国指導員をにらみつける。

 「申し訳ありませんが、私どもは閣下に対して面識もございませんし書類を隠す理由もございません。もしその様な事をするのであれば、”ベルリンにいるご友人方”を訪ねるはずです」

 全国指導員が睨み返しながら答える。彼女が言う「ベルリンご友人」とは、ヴィルヘルムの出身母体である「親衛隊」の事である。

 彼らは、自身の権力欲と支持力拡大、忠誠心を認めてもらうために、多くの抵抗勢力や反対する政治家や軍人を悉く捕えていき、多くを絞首刑台に連れて行った。

 このような社会環境により、多くの民間人や自身の権力を高めたい政治家などは、彼らを密告してその流れを促進していた為、ドイツ国内は元より、その勢力圏にある地域には「警察的国家システム」が形成されつつあり、とても息苦しい環境となっていた。

 そのため、彼女の発言は最も非政治的ながら、信用に至るものと証明するものであった。

 「閣下。ベルリンで私たちが受け取った時。総統閣下は『自身が引っ張ってきたドイツを新たな一歩を進め』と申しておりました。そのような作戦を政治的につまらない工作で活用することはございません」

 全国指導員の力のこもった発言に、ヴィルヘルムと副官は若干たじろぎながらも彼女の説得に納得した。

 「君たちが信用できる人物なのはわかった。だが、この命令書の中身が足りないのは事実だ。ほかに総統閣下から何か聞いていないのかね」

 「我々は、本国の政治勢力に染まっていない者たちであると言われておりました。もしかしたら、こちらでもそういう意味を持った者がいるかもしれません」

 大尉がそういうとヴィルヘルム何かに気づいたのか、机にある電話機を手に取ると交換士にどこかへ繫ぐように指示する。

 しばらくすると扉をノックする音が室内に響く。

 「入ってくれたまえ」

 ヴィルヘルムがそう言うと、扉を押し開けて先ほど案内してくれたルセフ・ヒュルールが入ってきた。

 「ヒュルール君。君はあの人と関わりが深かっただろ。これを見て君が気付いたことはないかね」

 ルセフは、ヴィルヘルムが手に持っていた命令書を受け取ると、その写真を注視する。

 「閣下。この写真が撮影された場所は、主にこの施設内と思います。これとこれ、あとこれもこの建物に置かれているものですから」

 ルセフは、この建物にあるものを順に並べていくと、これがどこのに置かれているかを地図に書き始めた。

 「・・・・あの人って、あの方に似ていない?」

 横でジーっと見ていた全国指導員がボソッとつぶやいた。

 「あの方?いったい誰に似ているって言うんだ。それより、ルセフさんの記憶力はすごいな。俺だったら今の駐屯施設に置いてある石像なんかの位置なんて覚えていないよ」

 「もう、だったらいいわよ。記者さんの方は、何か気づかない」

 大尉が相手にならないと判断した彼女は次に隣の記者へと話を振る。

 「確かに気になる顔ではありますが、私には何ともですな。よくある”他人の空似”じゃないですか?」

 「もう。二人してそんな淡白な感想しかないわけ」

 二人の反応に不満たらたらな彼女を横にいる副官が、咳払いしてにらむとスンと沈黙した。

 ルセフが館内地図へのしるしを終えて顔を上げると、三人の方に向かって近づいてくる。

 「君たちは、この計画書を持ってきた者たちだったね。すまないがこれから私の指示に従って館内にある調度品を調べるのを手伝ってもらいたい」

 ルセフの言っていることを理解する間もなく三人は、そのまま彼に押さながらに連れていかれる。

 彼と共に向かったのは、オーストリアの偉大なる創始者でありかつての神聖ローマ帝国の最後の皇帝でもあった「フランツ一世」の石像であ った。

 その石像は、裏階段の真ん中に鎮座してあり、周囲からも違和感を感じさせるものであったが、接収して行われた数回の回収でもこれを撤去しなかったことから、何かしらの意味があると特に気にしないようにしていたものであったらしい。

 「これを、この位置から撮ったようですね」

 記者は、いち早くその写真と石像の位置から、写真が撮影された位置を判断していくと、その位置に立ちながら後ろへと下がっていく。

 「ん?ちょっと待ってくださいよ。この位置じゃ階段から落ちてしまいませんか?」

 「え?」

 記者の言った事を確認するように、他の三人も写真へとのぞき込む。

 「確かに、この位置からとったんだろうが、それがどうだと言うんだ?たまたま遠くから撮ったのがどのように変わった事があるのか?」

 大尉が、後ろから覗き見ながら記者に問うように話す。

 「わかりませんかね。この写真を撮るためにはこの階段がさらに後ろに伸びるか、石像がもう少し下がるかのどちらかなんですよ」

 記者は、大尉の問いに少し呆れた表情で回答する。

 「おい文屋!てめぇ馬鹿にしてやがんのか」

 「ちょっと待って。つまり、この位置から写真を撮ることが不可能ってことでしょ。つまりこの位置の並びは、不自然ってことよ」

 ムッとした大尉の横で全国指導員が、記者の言っていることに付け加えるように話す。

 「だとしたらどうだって言うんだ。下にレバーでもあって会談でも伸びるのか?」

 「階段じゃありませんよ。この石像です」

 記者はそう言ってフランツ一世像を指差す。

 「だとしてもどうやって動かす。こんなの二人がかりでも難しいんじゃないのか」

 「それこそ、さっきあなたが言った通り、レバーか何かると思いますよ」

 大尉の問いについて次ぎは、全国指導員が答える。

 「レバー名のかわわかりませんが、この下に『一族の間』と呼ばれるものが付いていますから、もしかするとそれかもしれませんね」

 「よし。俺は、それみてこよう。こっちのことは任せたぞ」

 ルセフが言ったものを確認為に大尉は、彼と共に下へと下の階へと降りていく。

 下の階には、歴代の一族が描かれた肖像画とその者たちが手に入れた爵棒がガラス箱に収納されていた。

 「この中から探せってか。降りてきたわいいが、これだけあっては分からないな」

 並べられている爵棒を眺めながら、大尉は頭を抱えている。

 「この中にあるとしたら、多少なりと動かされた痕跡があるはずです。細かな痕跡でもいいので探しましょう」

 ルセフがそう言って、近くに置いてあるカンタラを持ち上げる。

 「まったく。降りるんじゃなかったかな」

 大尉は、呟きながらも同じように周辺を探そうとするも、薄暗い部屋の床はあまりも足を取られてしまっていたらしく。

 「おっと!」

 バランスを崩した大尉は、そのまま眼前に立っているハプスブルク家の家紋が描かれた旗に絡まって倒れる。

 「大丈夫ですか?お怪我などしておりませんか?」

 「まったくなんなんだよ!ルセフさん。頼むから早く起こしてくれぇ?・・・・・ちょっと待ってくれ」

 混乱しながらも大尉は、その旗がつけられていた棒を手に取ると、何かに気づいたかのようにその棒を撫でまわすように摩りだす。

 「何かあったんですか?そんなに棒触って」

 ルセフは、頭でも打ったのかと思いにやさしく声をかける。

 「ルセフさん!この旗を持ち上げるの手伝ってください」

 大尉がそう言って立ち上がると、ルセフと共にその棒を持ち上げる。

 長さ2mで直径は20㎝にならないほどの棒は、先ほど天井にあった穴へと見事にはまるのであった。

 「さすがですね。よく見つけてくれました」

 ルセフは、驚いた表情で大尉を見ると、彼が天井を見上げたままであった。

 「ルセフさん。カンタラを貸してくれないか?」

 彼の申し出に、ルセフは言われたとおりにカンタラを手渡すと、大尉はそれを天井へとさらした。

 天井には何かの絵が描かれており、多少傷がついて欠けているが何かの操作方法のようなもののようであった。

 「ルセフさんよ。上に置いてあった石像って誰でしたっけ?」

 「フランツ一世の石像ですが」

 「だったら、こうかな」

 大尉がそう言って棒を回しだすと、上の方から「ゴトッ」という音が部屋に響き渡った。

 「どうやら当たっていたようだな」

 大尉がそう言って上に上がると、そこには床が動いたのか、慌ててその場を離れる二人の姿があった。

 「あなた達、いったい何をしたんですか?」

 全国指導員が驚いた表情で大尉らのほうを向く。

 床には、強引に引っ張られていったカーペットがしわになっており、石像が動いたことを示している。

 「どうやらあっていたみたいだな。さてと、中身を確認するか」

 そう言いながら大尉は、足元の方を見に行くと、そこには大分年期のはいったファイルの束が置かれていたのであった。

 「なんなんだ。これは?」

 大尉が手に取ったファイルを持ち上げると、一枚の写真がひらりと落ちてくる。

 「・・・・この写真が、なんで」

 写真を拾ったルセフは、その写真を見て困惑した表情をしたまま立ち上がることができなかった。

 「そのファイルにはいったい何と書かれているんですか?!」

 若干興奮気味なルセフが、大尉からファイルを奪い取るように手を伸ばす。

 「どうしたんだよ。さっきまでの君らしくないじゃないか」

 大尉がそう言って、そのファイルの表紙側に目をやると「出生届及び身元申請書」と書かれていたのである。

 「まさか・・・・噂について本当だったのか?」

 ルセフが膝を落としたままそう呟くと、周りにいた二人も顔を出してくる。

 「一体何なんですか?写真と出生届と身元保証の証明書?」

 「その様ですな。発行元は『ヴァイマル共和国 民生管理局』?一体どこの機関だ」

 この出生届は一体何なんのか?アドルフが出した命令の真意とは?

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