第6話 おばけキャッチ界の姫川亜弓
部屋が少し騒がしくなった。
激闘を終えたAブロックの選手たちが帰ってきたのだ。
「もしかしてバニラさんですか?」
その中のひとり、笑顔がキランとしている好青年が話しかけてきた。
野試合に負けて、去勢された猫のようになっている娘を気遣ってくれたようだ。
「僕はイマムラといいます」
「どうも。こっちが娘のバニラで、僕が──」
「血のつながってないパパです」
「だから、それ止めれ!」
イマムラ氏に自己紹介されて初めて気づいたのだが、僕はあんまり今回の参加者に注意を払っていなかった。
誤解されないように言っておくが、決して舐めていたからではない。
本当だよぉ?
みんなハンドルネームだから、見てもよく分からないというのが本音だった。
おそらく、強さと顔が分かると、「おおっー!」と盛り上がるだろうが、僕たちはまだその段階にいなかった。
そんなわけで、こそっとイマムラ氏のことを調べる。
個人戦3位。
化物じゃん。
化物の王様じゃん。
ニャルラトホテプじゃん。
広島で優しく声をかけてくれる人って、なんで魔王だったり這よる混沌だったりするの?
まぢでもうお家に帰りたい。
ちなみにイマムラ氏が3位だと分かったのは、公表してある対戦名簿にデカデカと載っていたからだ。
今頃になってそれに気づく僕って、もう、バカバカバカんっ!
「3位の方だったんですね? あの、肩でもお揉みいたしましょうか?」
「そうなんです。去年は3位だったんですけど…、あっ! あいつ、あいつです!」
イマムラ氏が入り口を指差す。
そこにはイマムラ氏と同年代くらいの若い男性がいた。
「あいつ去年の1位だったんで、千代って言うんすけど、今回は俺が勝ちました!」
なに!? 1位だと!?
しかし当の千代氏は戸惑ったような、愛想笑いのような表情を浮かべていた。
気持ちは分かる。
部屋に入って、いきなり「あいつだ! あいつ!」と言われても、どの件かよく分からない。
僕も以前、居酒屋に入ったとき、「あの人です! あの人!」と言われ、
「すいません……、僕がやりました……」
と洗いざらい罪を告白したら、「え? なんのこと?」と言われた経験がある。
つまり心当たりがあっても、最後まで知らない振りをしたほうがいい!
……なんの話だよ?
イマムラ氏と千代氏は、どうやらライバル関係にあるらしいが、「いや全然あいつのことなんてライバルじゃないです」という、少年漫画でよくあるパターンのライバル関係らしい。この場に腐女子がいたら「メシウマ!」となったことだろう。
僕は千代氏のことも名簿で調べた。
確かに1位とある。
最強だと噂されていた、さわこちゃんは2位。
ひじき氏もかもしー隊長も、無印でランクインすらしてなかった……。
広島で原爆くらって亡くなったおじいちゃんへ。
僕とあなたの曾孫は、とんでもないところへ来てしまったようです。
ああ、これ知った瞬間、終わったわ。
広島来たのに、進めない。
敵強すぎて、お亡くなり。
キラン!
そのときだ。まばゆい光が僕の瞳を襲って来た。
「なんだ!? 新手のハゲか!?」
いや、違った。
光が放たれていたのは、イマムラ氏の手の上。
そしてそこには、おばけキャッチの箱が開いた状態で置かれていた。
「分厚い! まさか、それは!?」
「スリーブです!」
「スリーブ!!」
そう、イマムラ氏はおばけキャッチのカードをすべてスリーブに入れて使用していたのだ。
僕は瞬時に悟る。
一見してリア充っぽい彼は、生粋のカードゲーマーなのだ。
カードスリーブくらい当然だ、という人もいるかもしれないが、いやいや何言ってんだよ、お前。
普通の人はそこまでカードを大事に扱わない。
うちの娘なんかポテチ触った手で、普通におばけキャッチのカード触っていたぞ?
一般人の感覚なんてそんなものだ。
しかもイマムラ氏のカードに触る手の動きから、僕はある想像に至った。
(この人、ドミニオンプレイヤーか?)
おそらく彼がもっとも得意とするボドゲはドミニオン。
ドミニオン・イマムラと1回だけ呼ぶことにしよう。
「そういや、バニラさんは札流しが速いんだったよね?」
イマムラ氏が娘の実力を測ろうと仕掛けてきた。
「いやぁ…」
おバカな娘は相手の思惑に気づいていない。
断るのも手だ。
だが、ここはあえて乗ることにした。
娘はまだ本調子ではない。日頃やり慣れている札流しをやることで、いつもの速さを取り戻すかもしれない。むしろ、家からおばけキャッチを持参して、これをやらせておくべきだった。
う~ん、パパのうっかりさん! てへっ!
「娘よ、やってあげなさい」
「お前に言わると、やりたくなくなるよな?」
「……」
そろそろパパ、……本気で泣くよ?
一度は拒否した娘も、ほかの参加者にも勧められて、結局やってみることになった。
札流しをする娘。
やはり、いつもよりも手間取っている様子。
スリーブが引っ付いてやりにくいというのもあるだろう。
だが……。
そのときだ。
周囲がざわつきはじめた。
「さわこだ!」
「さわこお嬢様の御帰還だぞ!!」
なに? さわこちゃんだと!?
僕は名状しがたいバールのようなもので頭を殴られたような衝撃を受けた。
最悪だ。今は、タイミングが悪すぎる。
初めて名前を聞いたときから、勝手にライバル認定していた存在。
娘とほぼ同じ強さで、ほぼ同じ年齢。そして「さわ」と「さわこ」という似た名前。
運命を感じていた。
広島に来た最大の理由。それは、さわこちゃんと雌雄を決するためだった。
いや、ふたりとも「女」なんだけどね。
だが、ふたりの生まれ育った環境はあまりにも違う。
さわこちゃんは、おばけキャッチ強豪の広島に生まれ、ボドゲを熱愛する父親のもと、幼いころからボドゲに接して過ごしてきたに違いない。
生まれて一週間後には、おばけをキャッチしていたかもしれないのだ。
つまり彼女は、ボドゲ界の姫川亜弓のような存在。
対してうちの娘は、単に速いだけのボドゲとは無縁の世界にいた口が悪いだけの田舎ウサギ。
そして僕は、紫の薔薇の……すみません。冗談です。
生まれてきて、すみません
そんなふたりだったから、最初に会うときは、対等の立場で会いたかった。
しかし娘はいま、床の上で札流しをして、まるで土下座をしているような格好。
対して外から来たさわこちゃんは、熱心なやす子のファンでもない限り、普通に歩いて登場してくるはずだ。
つまりそれは、本人たちの意思に関わらず、さわこちゃんの前に土下座する娘と、それをゴミのように睥睨するさわこちゃんとの構図を作り出す。
巌流島の戦いではないが、戦う前から勝敗が決まってしまうのだ。
それだけは阻止したかった。
「あ、さわこちゃん」
ぞくり!
気配を感じた。
振り向かなくともわかる。強烈な強者の気配。
ホラー映画で後ろに幽霊が立っているかのように、エンジン音だけ聞いてブルドーザーだと分かるように、僕は全身でさわこちゃんの異常なまでの霊圧を感じていた。
手が震える。
呼吸が止まりそうになる。
娘は気づいているのか気づいていないのか、札流しに夢中だ。
ごくりと唾を飲みこむ。
このまま固まっているわけにはいかない。
いずれ、さわこちゃんとは相対するのだ。
僕は緊張で強張った体を強引に動かし、背後のさわこちゃんを見た。
小さな女の子が立っていた。
そう、小さい。
僕の想像のふた回りくらい小さい。
中学生だと聞いていたが、小学校の低学年にも見える
こんな小さな体で、本当に大人相手に無双したのだろうか?
いや、違う。
おばけキャッチの強さは見た目で判断してはいけない。
空間を揺るがすほどの圧倒的な霊圧。
王者としての堂々たる態度。
間違いない。この子が、広島最強にて日本一のスーパーキッズ、さわこちゃんだ!
今度も違うというのなら、ブラジリアンワックスを僕の鼻に突っ込んでもいい!
「君が、さわこちゃんだね?」
「いえ、妹のはるかです」
ですよね~。
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