第18話 迂闊だった

 翌日から、ボクとクロイさんは一緒に登校するようになった。もちろんクラスで孤立していることに変わりはないけど、クロイさんが一緒にいることで奴らが手を出しにくくなっているのは確かだった。クロイさんは血の気が多いので、下手に手出しをすれば、クマノヴィッチの方が強いにしても、それなりの反撃を食らうのは確実だからだ。


 クロイさんが一計を案じて、日本にいるクロイさんのお父さんに電話をして、ボクの家で世話になっていることを話したそうだ。学校でも座席がボクの近くの方が、いろいろ教えてもらえてありがたい、とクロイさんが伝えたらしい。そこから、日本のススズキクマオという政治家に話が言って、そこからロシア科学・高等教育省イクルーツク支局、そして学校に連絡が行ったらしく、ボクとクロイさんは隣り合わせの席になった。この年で政治力の使い方を心得ているクロイさんはなかなか凄いな、とボクは感心した。


 「スズキのおっさんの顔を立ててやったんだから、このくらいして貰わないと割に合わないぜ。」


 クロイさんはニヤリと笑うと、そう言っていた。おかげで授業の合間に何かを投げつけられることも無くなったし、授業中、ボクは先生が今何を説明しているのかをクロイさんに教えてあげられるようになった。クロイさんも簡単なロシア語はすぐに理解できるようになったようで、これでちゃんとした留学の意味が出てきたな…とボクは思った。


 昼休み、個別に進捗状況を確認するとかいう事で、クロイさんは先生に呼び出されて職員室へと言ってしまった。なんとなく不安を感じたボクは、昼休み中はどこかに隠れて居ようと思ってこっそりと教室を抜け出し、走って移動すると校舎の裏庭に隠れることにした。


 どうやら、誰にも見られずに移動できたようで、休み時間中はここに隠れて居られる。ボクは家から持ってきたサンドウィッチを取り出すと、周囲に気を配りながら急いで飲み込んでしまった。


 とりあえず、あとは午後の授業までここに隠れて居よう、そう思ってホッとしていると、目の前にクマノヴィッチが現れた。ギョッとする僕に、校舎の上の方から声が聞こえた。


 「バーカ! 丸見えだ!!」


 セルゲイが、校舎の屋上から探し回って、ボクの居場所を見つけてクマノヴィッチに教えたのだった。ボクは自分の迂闊うかつさが恨めしかった。


 「日本人イーポンスキーと一緒になって、調子に乗りやがって!!」


 クマノヴィッチは怪我が学校に知られないようにするためか、ボクのお腹を殴ってきた。お腹に何度もズシンという感覚が響き、気持ち悪くなってくる。さっき食べたサンドウィッチが逆流して、ボクの口から吐瀉物としゃぶつとなって飛び出てくる。それでも容赦なく加えられる腹への打撃で、ボクは気が遠くなっていくのを感じた。


 しばらくして気が付いたボクは、午後の授業が始まる直前なのに気づくと、ヨロヨロと教室に向かって歩き出した。なんとか頑張って教室にたどり着くと、ボクは自分の席にへたり込むように座った。


 「クマイ、どうしたんだ? 顔色がわるいぞ。」

 「ちょっと、お腹が痛くて… 昨日、冷えたんですかねぇ。」


 そう言ってボクは苦笑いをした。ここで本当のことを言ったら、またクロイさんが激高して騒動になりかねない。そう思ったボクはとっさに嘘をついたのだった。


 授業が始まったあとも、お腹の中の気持ち悪さは消えなかった。なんだか脂汗がタラタラと出てきて、眩暈めまいもしてくる。隣でクロイさんが「クマイ、大丈夫か」と声をかけてくれるが、答えようとしても口から言葉が出ない。やっとのことで声を出したものの、それは言葉にならないうめき声だった。


 やがて、意識が朦朧もうろうとしてきて、ボクの意識は漆黒の闇に沈んでいくのだった。

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