第17話 クマイの家で

 おれは、クマイに招待されてクマイの家で夕食を食べることになった。こんなに急に家に押しかけて大丈夫かと思ったが、クマイの家族はおれのことを暖かく迎えてくれた。


 クマイのお母さんが作ってくれたシチューはとても美味しく、パンも硬いけれど焼きなおしてあって美味しかった。さらに、奮発してトンカツのような料理も出してくれて、これがまた美味しかった。


 「これ、なんという名前の料理ですか?」


 おれは、クマイのお母さんに聞いた。


 「これは、シュニーツィと言うのよ。」

 「へー、ロシア料理にトンカツが有るのか…」

 「いいえ、これは本来はドイツ料理なの。」


 どうやら、一般にはシュニッツェルという名前のトンカツのような料理らしい。違いと言えば、肉はトンカツより薄く延ばしてあり、ソースではなくクランベリーのジャムなどをつけて食べることだ。


 おれが「美味しい、美味しい」と言ってモリモリ食べるので、クマイのお母さんはとてもうれしそうにしている。


 「クロイくんは、なんで留学してきたの?」

 「父親の付き合いのある政治家に頼まれて留学したんです。なんか、今年は交換留学の希望者が無かったとかいう事で…」


 おれも、さすがにクマイの親が相手では、ですます調で喋ることになる。


 「クロイさんの寮は、ボクの学校の隣にある古いコンクリートの建物なんです。食事もあまり美味しくなくて、設備も悪いみたいなんです。」


 クマイが父親に、そう言った。クマイのお父さんは少し考えると、こういった。


 「クロイくん、留学の間、うちに泊まらないか? ミーシャが友達を連れて来るなんて珍しい事だし、うちで暮らす方が快適だと思うんだが…」

 「いいんですか!?」

 「ああ、空いている部屋もあるし、くつろいでくれたら嬉しい。寮には私の方から連絡しておこう。」


 こうして、おれは留学の間中、クマイと一緒に暮らすことになった。夕食の後、クマイの親父さんの運転する車で寮に荷物を取りに行き、帰ってくるとクマイからロシア語を教わることになった。


 まず、キリル文字を覚えるところから始まり、基本的な発音を覚えるところからはじまった。日本語では表記できないような微妙な発音もあり、繰り返し練習するだけでかなりの時間が過ぎてしまう。


 それでも、クマイとロシア語の練習をするのは楽しかった。ときどき、クマイのお母さんが入れてくれた紅茶を飲みながら、おれは一生懸命ロシア語の練習をした。


 そのあと、風呂に入ったところ、お湯を流さないで出たらクマイの姉さんに怒られてしまった。どうやら、ロシアでは湯船の中で石鹼をつかって身体を洗い、一人一人毎回湯を入れ替えるもののようだ。日本では先に体を洗って風呂に入り、毎回湯を変えることはしないというと、「なんだか汚いわね」と言われてしまった。あとでクマイに聞くと、ロシアでは水道料金が従量制じゅうりょうせいではなく定額制ていがくせいなので、わりと贅沢に水を使う習慣があるという事だった。


 風呂に入ったあと、リビングでくつろいでいると、クマイの姉さんのマーチャが話しかけてきた。


 「クロイ、わたし、日本の呪術とか占いに興味があるのよ。オンミョウジって知ってる?」

 「ああ、安倍晴明あべのせいめいとかだろ。なんか、中国の陰陽五行思想を使った占い師みたいな感じだな。いまでも、映画や漫画、ゲームなんかの題材になってるぜ。」

 「今でも、日本に陰陽師っているんでしょう?」

 「いや、いないいない。占い師とかは沢山いるけど、西洋のタロットとか、中国の四柱推命とかが主流だと思うぜ。」

 「そうなんだ…」


 マーチャはえらく落胆しているようだったので、フォローにはならないかもしれないが、現代でも陰陽道の名残がある事をおれは説明した。


 「ただ、今での日本のカレンダーには「先勝・友引・先負・仏滅・大安・赤口」という「六曜」が書いてあって、葬式は友引の日は駄目、とか、そういう風習は残ってるみたいだぜ。」

 「そうなのね!」

 「まあ、詳しくは知らないけど、九星気学とか、奇門遁甲とかいろいろ陰陽師の名残みたいなのは色々あるようだな。」


 どうも、この姉弟きょうだいは色々と掘り下げる性質らしく、おれも改めてネットとかを見て調べないと聞かれたことに答えられない。明日も学校があるので、ほどほどで切り上げておれたちは眠ることにした。


 おれにあてがわれた部屋は快適で、寮とは違う柔らかい布団と暖かい部屋で、おれは今日こそぐっすり眠れそうな気がした。なにしろ、船で寝すぎたり、列車ですることもなく寝てばかりいたので、逆に睡眠の質が下がっていた気がする。


 ベッドに入ると、例のヒグマ野郎にやられたあざがズキンと痛んだ。


 「おかしい事は、おかしいんだ。このままじゃダメだぜ…」


 あざの痛みで昼間の出来事を思い出したおれは、一人ベッドの中でそうつぶやいた。


 



 

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