第15話 二人の出会い

 「う~ん、身体中が痛てえや…」


 そう言いながら、おれは目を覚ました。どうやらおれは保健室に連れ込まれているようだった。保健医らしい先生が何か声をかけてくるが、おれに言葉はわからない。スマホの翻訳ソフトで「転んで階段から落ちた」と打って先生に見せた。初日から喧嘩してボコボコにされたとはさすがに言えない。


 とりあえず、一通りの処置は住んでいるようなので、おれは学校を出ることにした。寮はすぐ隣だが、日没までまだ時間はあるし、なんとなくおれはあの寮に帰りたくなかった。


 「日本に、帰りたいなあ。」


 おれは、心からそう思ったし、留学に来たことを後悔していた。寮はみすぼらしいし、食事はうまくないし、おまけに学校は荒廃している。自分から仕掛けたケンカとは言え、でかいヒグマにはボコボコにされるし、こんなところに居たら自分がダメになってしまいそうな気がする。


 寮に帰りたくないおれは、どことは無しに街の中をさまよっていた。なんとなく他人と一緒にいることが嫌だったので、自然と足は人気ひとけのない方向へ向かっていく。


 歩き回るうちに、おれは川沿いの小高い丘の上にいた。川には橋がかかっていて、おれが乗ってきたような長距離列車が通過していく。あれに乗れば、ウラジオまで戻れるのかな、ウラジオから船に乗ったら、日本に帰れるのかな… そう、おれは思った。夕方の赤い日差しに映えて川はキラキラと光り、とても綺麗に見えた。


 そんな時、おれは何かイントネーションが変な、素っ頓狂な日本語を聞いた。


 「あなたも、てつどうが好きなんですか?」


 おれが振り向くと、例のいじめられっ子のシロクマが後ろに立っていた。


 「なんだよ!お前、日本語が喋れるのかよ!」

 「ハイ、黙っていてすみませんでした。ボクはクマイル・クマイコフという名前です。さっきはボクのためにクマノヴィッチに大変な目に遭わされてしまって、本当にすみませんでした……」


 シロクマは目からポタポタと大粒の涙を流しながら謝っている。おれはシロクマの肩に手をやった。


 「泣くなよ… おれが自分でした喧嘩だ。なあ、おれはクロイって言うんだ、朝、自己紹介したろ?」

 「すいません、今朝は心がいっぱいいっぱいで、正直、何も覚えていませんでした。ところで、あなたも、てつどうが好きなんですか?」


 最初の質問に戻った。おれは笑いながら言った。


 「いや、おれは列車を見て黄昏たそがれれてただけだよ、あの列車に乗れば、日本に帰れるのかなって。ついて初日だが、おれはもう帰りたいよ…」


 普段はあまり弱音を吐かないおれだが、こいつの前だとなぜだか本音で喋れる気がした。

 

 「なあ、呼びづらいし、クマイって読んでもいいか? なんだか日本風の名前みたいで呼びやすいし。いや、もちろんお前が嫌ならいいぜ。」

 「いいですよ! 面白いですね! クマイ、クロイ、なんだか似てますね。」


 初めて、おれ達の間に笑顔が生まれた。鉄道をみながら、クマイは自分の事について話し始めた。


 「この場所は、ボクの思い出の場所なんです。ボクがまだこぐまだったころ、おじいさんがボクをよくここに連れてきてくれたんです。そのせいですかね、ボクはすっかり鉄道が好きになってしまいました。」

 「なるほどな、そういう訳があったのか… 今でもじいさんはここに来るのか?」

 「……つい最近、亡くなってしまいまして……」


 おれは、悪い事を聞いたなと思った。クマイはなんだか遠い目をしている。


 「なんだか最近は嫌な事ばかりで、正直、生きているのが辛いです。」

 「………理由はどうあれ、おれは今の状況は許せねえと思ってる。」

 「でも、どうにもなりませんよ。また殴られるのがオチです。」


 クマイは諦めたような声で言った。


 「昔は良かったですねぇ…」


 おれは、昔から諦めるのが嫌いだ。世の中は理不尽な事に満ちているが、それに負けてしまったらそれで終わりなのだ。


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