第8話 アルバム
「ミーシャ、起きてる?」
姉のマーチャの声がした。こんな時間にどうしたんだろう? もしかして、泣いていたのに気づかれていたら、また姉にからかわれてしまうかもしれない。そんなことを考えながら、ボクは「ハイ」と返事をした。ガチャリとドアノブが開く音がして、姉が入ってきた。
「ミーシャ、何かシクシク聞こえてきたけど、泣いてたんでしょう?」
「ええ、ちょっと…。」
「何があったの?」
ボクはあまり構ってほしくなかったが、適当な言い訳も思いつかなかったので、子供のころの事や、おじいさんが死んだときの夢を見て悲しくなったんだと素直に答えた。
「ふ~ん、そうなんだ…」
姉はしばらく何かを考えるようなそぶりをしていたが、いつも通り一方的にこう言った。
「ミーシャ、どうせもう寝れないでしょう。紅茶を入れてあげるからリビングに来なさい。」
そう言うと姉はさっさとリビングへ降りて行った。ボクはタオルをもって洗面所へ行き、お湯で顔をあらってからリビングへと向かった。
「温かいうちに飲みなさい。」
テーブルには黒に近いと言ってもいいような濃い赤色の紅茶と、小皿にとったジャムとスプーンが置いてあった。ボクの大好きなアンズのジャムだった。ボクは席に着くとジャムをなめ、渋い紅茶を口に含んだ。姉はリビングのサイドボードを開けると、中にあるアルバムを何冊か取り出し、テーブルの上に置いた。
「ミーシャが生まれた時の写真よ。」
そういうと姉はアルバムを開いてみせた。そこには、まだ体重1㎏もない小さな小さな、目も開いていないこぐまが写っていた。次のページには病院にいる母や、父や祖母、そしてこぐま時代の姉が写っていた。
ページをめくっていくと、そこには様々な思い出のカケラがたくさん入っていた。嬉しそうな笑顔の両親に抱かれたボク、おじいさんにおんぶされているボク、姉と手をつないでいるボク、クリスマスにおばあさんの作ったケーキとローストチキンを食べるボク、森へハイキングにいくボク…
たくさんの昔のボクを見て、いろいろな思い出が鮮やかによみがえってきた。何かに導かれるようにボクは次々とページをめくり、ページをめくるたびに懐かしい思い出のカケラを見つけた。
そして、あるページを開いたとき、そこには「部屋いっぱいに鉄道模型のレールを敷き詰めて、おじいさんと遊ぶボク」がいた。その瞬間、さっきもう泣くまいと決心したはずなのに、涙が頬を流れ落ちていくのをボクは感じた。感情を抑え込むようにアンズのジャムをひとなめして、また渋い紅茶を口に含んだ。なんだか、心の中に甘酸っぱさが広がったあとで、ビターな思い出がまた広がっていく、そんなような気持がした。
「アルバムっていいわよね。写真を見れば、いつでもその時代に戻れるんだから。」
姉がそう言った。姉も自分のアルバムを見て、いろいろな出来事を思い出しているようだった。ボクとケーキを取り合ってけんかした話、姉が森で転んで骨折したときにボクが走って救助を呼びに行った話、姉がおばあさんに料理を教わった話、家族で大きなクリスマスツリーを作った話…。姉は思いつくままにいろんな思い出をボクと語り合った。
ずっと一緒にすごしてきたけれど、ボクの知らない話もあったし、そのとき姉と同じ場所に居たのに全然違う事を感じていたことがあったりした。あらためて話してみると、新鮮な驚きが沢山あった。ボクたちは夜だというのについつい紅茶をおかわりして、思い出話を語り合った。
ボクは、ジャムだけなめていても甘すぎてどうしようもない、紅茶ばかり飲んでいても渋すぎてつらい、なんだか二つのバランスがあるから丁度いいのだろうか、そんなことを考えながらスプーンとカップを交互に手にしていた。ジャムも美味しいけど、紅茶のビターな味も悪くないな、なんだかそんな気がしていた。
もちろん、次の日の朝は二人そろって学校に遅刻することになった。
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