第7話 列車での朝食
時々ポイントや何かで列車が大きく揺れる度におれは目を覚まし、また眠りに落ちるようなことを何回か繰り返したあと、おれは何やら周りが赤色の光に包まれているのに気づいた。窓の外を見ると、空が真っ赤に光っていて、燃えるように赤かった。
「大陸に落ちる太陽は、それはそれは赤いんだ。」と、昔、爺さんに聞いたような気がする。先の大戦の際、おれの爺さんは本州ツキノワグマ第三十五師団第二二〇連隊、通称「栗」部隊に所属し、大陸へ出征したそうだ。戦争のことはあまり語りたがらなかったが、なぜかある日、思い出したように夕日が赤いことを話していたのを思い出した。もちろん日によって違うのだろうが、大陸では条件が整うととんでもなく赤い夕陽がみられる、そう爺さんは語っていた。おれが今見ているのは朝日だが、日本で見る薄い赤紫色をした朝ぼらけとはずいぶん違って、なんだか荘厳さを感じさせるような真っ赤な朝焼けだった。
「唖唖唖ァ~」
大あくびと共に張氏が起きたようだ。おれが起きているのを見ると、張氏は腹がへったかと聞いてきた。確かに腹は減っていたのでそう答えると、
「次の駅で朝食が来るよ。問題ないね。」
そういうと彼は洗面室に顔を洗いに行った。盗難を用心して入れ替わりでおれも顔を洗ったりトイレに行ったりしているうちに、どうやら次の駅に停車した。どこかに買いに行くのかと思いきや、張氏はのんびりとしている。しばらくすると、扉が開く音とともに中国語を喋る中年のヒグマの女性が入ってきた。
張氏も女性もなんだかやかましい中国語で挨拶したりなんだりしているようだ。張氏はおれを紹介するような身振りをしたり、なんだかよくわからない色々な事を喋っているが、なにしろ中国人は声が大きい。圧倒されているうちにやたらと大きいビニール袋が2つ「ドン!」とテーブルに置かれ、ついでにポットと謎のピニールパックが10個ほどおかれ、張氏が金を払っていた。彼女の帰り際に張氏が何か言うと、彼女は名刺のようなカードを一枚だし、張氏に渡した。ヒグマ女性は愛想よく笑うとまた大声でさようなら、のような事を中国語で言って出て行った。
「これで二日分の食べ物できたよ。食堂車は高い、あまりおいしくない。この中華料理店は値段まあまあ、味は好だよ。衛生もよい。予約すれば列車まで届けてくれるよ。」
張氏はそういうと、おれの分と2つの弁当を取り出した。ビニール袋には二日分の食事になるのであろう弁当がまだみっちり入っている。早速食べようとすると、張氏にとめられた。見ていると張氏は弁当を丈夫そうなビニール袋にいれ、例の謎のパックを入れるとそれに水を注ぎ、ビニール袋の蓋をゆるく閉じると床に置いた。30秒ほどで水が沸騰する音が聞こえてきて、ビニール袋から蒸気がもくもくと上がり、部屋中に中華料理の臭いが充満した。張氏は窓を開けて換気をし、音が収まったあたりで熱い熱いと言いながら弁当を取り出した。
勧められるがままに弁当をあけると、ニラ玉を挟んだようなパンと、日本で言う肉まんのような感じのものが入っていた。給湯室で取ってきたお湯で中国茶をいれると、おれはハフハフ言いながら朝食を味わった。おれは食わなかったが、張氏はパンダだけあって包んでいた笹の葉もそのままバリバリと齧っていた。
「やっぱり、食べ物は暖かくないと不好吃だね。」
と張氏は言った。彼いわく、中国人は暖かい食べ物が好きで、日本へ出張に行ったときに食べる弁当は、冷めているので最初は抵抗があったそうだ。今は慣れたけれど、やはり暖かい方が良いと彼は強く主張していた。なにげない話ではあるが、こうして異文化の中で不思議な体験をしていると、来てよかったとおれは思った。そして、もしこの話が無くて普通に丹沢で夏休みを過ごしていたらと考えたら、なんだか得したような気分になった。多分、普通に過ごしていたら、それはそれで楽しかっただろうけど、去年と同じような夏でしかなかっただろうな、とおれは思った。
食べ終わると、張氏は最後に貰ったレストランの名刺をおれに渡した。
「良かったら帰りにも注文してください。翻訳機で中文でメールすればOKだよ。」
そう張氏は言った。この人はこうやって、いろんな人と人、ビジネスとビジネスをつないで生きていく人なんだな…としみじみ思った。
「はい、美味しかったので帰りにも是非注文します!」
そうおれはいった。そうこうしている間にも列車はひた走り、西へ、西へと向かっている。気づけば真っ赤な朝焼けはどこかに消え、さわやかな青空が広がっていた。
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