第3話 土日特訓

そんな調子で平日の勉強会は続いたが、やはり時間は足りなかった。

進藤も朝学習をしたり、まめに勉強している様子はあるが、平日はこれ以上がんばれなさそうだった。



「土日はどう過ごしてるんですか?」


「大して何もしてないのですが、1日は家事で潰れてしまいますね。もう1日ありますが、なんとなく過ごしてしまいます。」



まあ、一般的にそうだろう。



「趣味は無いのですか?」


「前は社会人バスケに参加してたんですが、彼女ができてからは辞めました。家でできるような趣味は無いですね…。」



彼女ができると、2人の時間が優先される。

せっかくの良い趣味も続けられない。

そういう2人で過ごす「当たり前」が望月には無理だった。



「もし、土日に予定が合えば、うちに来て勉強しますか?」


「え⁈いいんですか⁈よろしくお願いします!」



思いのほか食いついてきた。

予定を聞くと、この1ヶ月は毎回来れるらしい。

ちょっとやりすぎたかと思ったが、さすが中学受験の経験者、「合宿みたいで楽しみです!」と言う。



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初めての土曜日、進藤はコーヒーセットを手土産にやってきた。

進藤は私服だと、本当にまだ大学生みたいだった。

カーディガンに白のロンT。

シンプルだが甘めなコーディネートだ。



進藤が勉強の準備をしている間に、もらったコーヒーを淹れる。


「なんか、望月さんのお家に来れるなんて、夢みたいです。」


「え、なんでですか?」


「上司や先輩の家ならありますが、あの再興請負人の望月さんですよ。なんか親しくなるイメージが湧かなかったので。」



今のこの状況を親しいと言えるかはわからないが、進藤にとってはそうらしい。




「私のこと、やっぱり怖かったですか?」


「はい、目をつけられたらクビになるのかと…。まあ、今も目をつけられていると言えますが…。」


進藤はしょんぼりした様子を見せた。




「営業成績が良ければ余計な心配はいりませんよ。今後より良い提案をするために、勉強しておいた方がいいというだけで。」


「やっぱり営業成績…ですよね。あの、みなさんはどうやってそのプレッシャーに耐えてるんでしょうか?何をしたら成果が上がるのか、わからなくて毎日不安なんです…。」



進藤自身も自分の状況はちゃんとわかっているようだ。



「数字はあくまでこちらの都合です。まずは、お客さんに必要なことを見抜いて、提案して、お客さんに喜んでもらう方が先ですね。その提案力を支えるのがこういった知識ですから、今がんばっていることは、必ず生きてきますよ。」


「確かに、そうですよね…。焦ってばかりで、正直お客さんのことをちゃんと考えることはできていないかと…。」



今の支店はかなり個人主義で、とやかく言われない分、自分で考えながら勝手に営業する…という社風になっている。

経験の浅い社員にとっては働きづらいところがあるだろう。



「私も進藤さんの歳くらいのときに、最初からお客さんのことを考えてたわけじゃないですよ。私の場合は運が良くて、成績のよい先輩を中心にチームで営業をしてました。色んな案件を相談しながら、スキルを磨いて。景気も良かったし、売上がどんどん上がって…。まるでみんなでゲームをしてるみたいに楽しかったです。」


「それは…すごく羨ましいです。」



進藤はすがるような目をした。



「私もずっと今の支店にいるわけではありませんが、進藤さんのようにせっかく入社してくれた若者が、少しでも仕事を面白いと思ってくれるようにがんばりますね。」


「はい!ありがとうございます!」




勉強が始まると、進藤は今までにない集中力を見せた。

望月も、テキスト自体の解説はやめて、その知識が現場でどう生かされているかを教えた。


お昼は外で食べ、午後、望月はあえて外出して一人で勉強させた。

夕方にチェックテストをすると、この1週間分はきちんと身についているようだった。



「今までの会議は、皆さんの話を聞いてもよくわかってなかったんですが、今日勉強して大分わかりました…。」


進藤は素直に感動している。



「それは、お客さんも同じです。わかってる人の話って、色々省いてますからね。今勉強した進藤さんなら、お客さんが何がわからないのかがわかるし、わからなくて決断できない気持ちも汲み取れると思います。お客さんに寄り添える営業ができると思いますよ。」



「そうなんですね…。会社に入ったら、皆さんベテランでどんどん仕事をしていくし、同期もみんなできる人ばかりで…。こだわりもなく入社した自分には、もう続けられないんじゃないかと思っていたんです…。」



進藤は、正直なところ諦めかけていたようだ。



「進藤さん、もう少し頑張ってみませんか?」


「え…?」


「人の自信って、結果が出たから自信がつくんじゃないんです。毎日、昨日の自分より、頑張った自分がいると思えるから自信が生まれるんです。それは、お客さんにも必ず伝わります。

他の商品と違って、証券は損をすることもあるでしょう?商品が価値を保証してくれるんじゃないんですよ。だから、契約の決め手は営業マンだと俺は思います。何年もずっと親身になって考えてくれる人がいる安心感。転勤のない地域職の進藤さんに求められているのは、そういうことですよ。」


進藤はじっと望月を見て話を聞いていた。



「そうなんですね…。そんなこと、初めて考えました。本当に今まで、自分の成績のことばかり考えていて、恥ずかしいです…。でも、なんか、もう少しやれることがある気がしてきました。」


進藤の顔が明るくなった。



その表情を見て、望月は進藤の成長を確信した。

人間はそんなに強い生き物ではない。

信念や仲間が無ければ人生に迷ってしまう。


別に、自分の価値観が正しいとは思わない。

だが、誰かの真の価値観に触れなければ、自分の価値観はわからない。


進藤は、今、自分なりにチャンスを掴んだだろう。

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