第6話
なぜこんなことになってしまったのか。
式条は腑に落ちないままその足で昨日母親から聞いていた理沙が入院している病院へと向かった。
そこは式条が通っている大学のすぐ近くにある病院だった。
中に入り受け付けへ足を進めようとした時だった。
式条はたくさん並んでいる待ち合い席の中にひとりで座っている理沙の母親の姿を見つけた。
声をかけようとしたが呆然とただ前を見つめているだけの母親を見て式条は何も言わずにそっとその隣に腰をおろした。
しばらく二人はそのまま何もせず行き交う人々を眺めていた。
「……私があの男を殺したようなものです」
先に口を開いたのは母親だった。
「あの男が出所してきたら殺してやろうと心に決めていました」
母親は静かに、そして少しずつ声を震わせながら話し続けた。
「だって許せるわけないでしょう? 私の、私たちの可愛い可愛い子どもたちの命を奪った男を許せるわけがない。必ずこの手であの男を殺してやる。それだけが、それだけを願って今まで生きてきました」
母親は持っていたハンカチで涙をふいていた。
「私は毎日ここに来て眠っている理沙に言い続けました。必ず復讐してあげるからねって。ママが必ずあの男を殺してあげるからって。二十年です。二十年もそう言い続けてきたのです」
「意識を失っていてもお母さんの声が聞こえていたと?」
母親は小さく頷いた。
「二日前の朝です。理沙は突然目を覚ましました。お医者様を呼ぼうとすると理沙は私の手を取り静かに首を横に振りました。自分は外へ出られるみたいだと言い出したのです。でもあの公園への行き方がわからないと。あの公園でお兄ちゃんが待っていると」
「ええ、確かに卓也くんはずっと理沙さんを待っていました」
「私ものれないブランコの噂は聞いていました。でも二人が遊んでいたのは下の公園でしたからまさかそれが卓也だったなんて」
「何があったのでしょう」
「二人の元へあの男が近付いて来た時に危険を感じたのか卓也が理沙に言ったそうです。『理沙、上の公園まで競争だ。ようい、どんで走るぞ』って。理沙は『お兄ちゃん待って』と言って笑ったそうです。その瞬間、男に突き飛ばされ理沙は倒れました。意識を失うまでずっと卓也の声が聞こえていたそうです。『起きろ理沙、お兄ちゃん待ってるからな、ずっと待ってるからな』って」
「それで……」
式条は納得した様子だった。
「理沙はそれだけ話すとすぐにまた意識を失ってしまいました。お医者様を呼んだのですが先生は何も変わりないとおっしゃいました。私はすぐに上の公園に行ってみましたが卓也の姿は見えませんでした。家に帰り肩を落としていると式条さん、あなたが訪ねて来たのです」
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