第5話


 階段を登った所で理沙は立ち止まった。


 懐かしむようにそこから公園を眺めていた。


「お兄ちゃんとよくこの階段でも競争していました。どっちが早く登れるかって」


「お兄さんに勝ったことは?」


「ないです。いつもお兄ちゃんが早くついて私のためにブランコの前で待っていてくれました」


「なるほど……だからか」


 式条と理沙は話しながらブランコへと向かった。


「……理沙!?」


「お兄ちゃん!」


 理沙に気付いた卓也は目を輝かせて理沙の名前を呼んでいた。


「理沙! 遅かったな」


「ごめんねお兄ちゃん……私」


「いいからほら、早くのれよ。誰ものらないように見張っといてやったからな」


「うん……お兄ちゃんありがとう」


 理沙は子どものような無邪気な笑顔でブランコに座った。


 式条も嬉しそうな二人を見て自然と笑みがこぼれていた。


「よかったね卓也くん。さあ、もうゆっくり休んでいいんだよ」


「……うん」


「理沙さんも、自分の身体に戻れるかい?」


「はい。ありがとうございました」


 卓也は理沙のそばによると理沙の手を握った。


「理沙」


「お兄ちゃん、私……」


 そう言ってお互いに見つめあったまま、その姿はだんだんと薄くなっていった。


 静かに揺れるブランコだけが残り二人の姿は完全に視えなくなっていた。


 式条もほっとして帰ろうと歩き出した。


 公園を出た所でちょうど今階段を登ってきたところらしい男とすれ違った。


「こんにちは」


「あ、どうも、こんにちは」


 男は作業着を着ていて首に名刺をぶら下げていた。


 住吉区役所という文字を目にした式条は男に話しかけた。


「あの、すみません……この住吉公園は撤去されるのでしょうか」


「え、ああ、まあ、どちらかは撤去になるでしょうね。こっちはあまり利用者はいませんが広いし見晴らしもいいですし、下にマンションでも出来れば利用者も増えて賑わうでしょうから」


「ん? こっちとは、どういう意味ですか?」


「こっち? ああ、住吉公園は二つあるんですよ。こっちは階段を登るからこの辺りの人たちには上の公園って呼ばれてますね。この階段を下りてほら、あっちの細い道の先にまた階段があります。下りた所にあるのが住吉公園」


「そんな……まさか……あの二十年前におきた子どもの事件はどっちで?」


「二十年前? ああ~、あの鈴木さんちの? あれは下の公園です。いやぁそうかぁ。もう二十年も経つんですね……あ、ちょっと……」


「ありがとうございました!」


 式条は胸騒ぎを感じながら急いで階段をかけ下りていた。


 なぜ気がつかなかったのか。


 昨日感じた違和感にもっと注意していればよかった。


 最初に新聞記事で見た時にブランコは新しく作り直したと書いてあったではないか。


 だがこの公園のブランコは周りの遊具と変わりなく古いままだった。


 それにあまりにも穏やかすぎたあの兄妹。


 もうひとつの細い階段をかけ下りている時に式条の耳に悲痛な叫び声が聞こえた。


 階段を下りきった式条の目に飛び込んできたのは公園のブランコの前で倒れている男の姿だった。


「ブランコがいきなり……」

「今の見た!?」

「何だよあれ……」


 町行く人たちの目の前でブランコがひとりで大きく揺れている。


 式条にはブランコの横に立っている卓也と理沙の姿が視えていた。


「誰か救急車を!」


 式条はそう叫びながら二人のもとへ駆け寄った。


「なんてことを……」


 兄妹は手をつないだまま血を流して倒れている男を表情もなく見つめていた。


「ずっと待ってたんだ」


「この日がくるのをずっと」


「そんな……」


 式条はしゃがんで男の首に触れてみたが脈が伝わってくることはなかった。


「ごめんなさい」


「行こう、理沙」


 式条が立ち上がり顔を上げた頃にはもう二人の姿はどこにもなかった。


 ブランコの横にはこの男が持ってきたのであろう花束とお菓子の入ったビニール袋が置いてあった。


 まだ微かに揺れていたブランコは音もなくゆっくりと静かに止まった。





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