第21話 灯り(2)
沙羅は翔太の突然の告白に戸惑い、彼が飼い犬を撫でるのをぼんやりと眺めていた。大きな白い犬は舌を出し、はぁはぁと息を吐きながら嬉しそうに尻尾を振った。
その時、ふと小さい頃の記憶が蘇った。あれは沙羅が幼稚園に入る少し前だろうか。テレビにサバンナのライオンが映り、その勇ましさと犬のような姿に強烈に惹かれたのだ。あれが飼いたいと泣き、父親が困惑顔で自分を宥める姿が断片的に思い出された。
「翔太さんといると、なんでか分からないけど懐かしい気持ちになる」
沙羅は記憶の余韻に浸りながら少し微笑んだ。翔太は犬を撫でる手を止めて、振り返って沙羅を見つめた。沙羅は立ち上がって彼らに近づき、翔太の隣にしゃがんで伏せている犬の体をそっと撫でた。
「私、動物が好きなの。言葉が分からないから、いつも近づく時に心の中できれいな気持ちを送るの。あなたが好き。近づいていい?って。目とか触る手に気持ちを入れるようにしてるんだ。あのね、動物は見た目で差別しないし嘘がないから好きなの」
少し陰のある沙羅の横顔を見つめて、翔太は頷いた。
「私も、翔太さんのこと気になってる。でも、私、ちょっと変なのかも知れないけど、あんまり年が近い人のこと好きになったことがなくて……なんていうか、友達から付き合ってそういうことするのが恥ずかしく感じるの」
自分を見ずに恥ずかしそうに話す沙羅を見て、翔太はあぁ……と呟いた。
「それは、沙羅がそういう気持ちになってからでいいよ。どうせ俺『いいお父さんになりそう』な奴だし。始めはそれでいいんじゃね?」
優しさの中に自虐を含んだ声で翔太がそう言うと、沙羅ははっとして翔太を見た。
「……ごめん。気にしてた?」
上目遣いに反応を窺う沙羅をじっと見つめると、翔太は沙羅を抱き寄せてキスをした。
顔を離し、驚いた表情の沙羅を見て翔太はにやりと笑い、右手でガッツポーズをした。
沙羅は動揺しながら視線で翔太を咎める。
「これくらいは『そういうこと』に入んねぇから。あー。すっげぇ嬉しい! ダンスしたくなってきた!」
「……ダンスは見たいけど。もう、大会には出ないの?」
「親との決め事なんだ。家に置いて専門の学費を払う代わりに二十歳までは大会に出るなって。大学に行くなら大会に出てもいいと。要は、ダンスは趣味にしろってことだな。でも、俺は趣味じゃ嫌なんだ。俺の力を試してみたい。家を出て、十二月の大会には予選から出るつもりだ」
強い眼差しでそう話す翔太を前にして、沙羅は大きく頷いた。
「きっと、いいとこまで行くよ。この間のクラブでもみんなざわついてたもん」
「十代で優勝する奴を指くわえて見てたからな。出遅れたけど仕方ねぇし、こっから全力で行く。沙羅、俺さ、家でほとんど家族と話さないんだ。もうずっと。沙羅と親の関係、羨ましいよ。夢を諦めらんねぇなら、何度でも話してみろよ。俺みたいにならねぇように」
翔太は沙羅の肩に手を置いて、それから髪を撫でた。
こくりと沙羅は頷いた。子供のように。
「沙羅、マイケル好きじゃん?
頷く沙羅を見て翔太は嬉しそうにスマホを取り出し、沙羅に渡した。
「俺が合図したら、音楽流して」
翔太は立ち上がると公園の中央まで歩き、立ち止まって深呼吸をした。
日はすっかり沈み、公園の電灯が翔太の背中を照らし、翔太の影が前に伸びていた。深呼吸をしながら閉じていた目を開くと、翔太は沙羅に向けて親指を立てた。
低音のサウンドが流れ出し、ビートを刻むドラムに合わせて翔太が両手を動かした。軽快なビートとは裏腹に、流れる歌は重く、心の鎖で自由を奪われた悲しみが沙羅の心に染み入ってくる。
翔太の流れるような動きと胸を叩くしぐさから、不本意な生活に慣れてしまったやりきれなさを沙羅は感じ取った。
閉じ込められ、縛り付けられたものから逃げ出したい。
義務とは何か。意志とは何か。責任とは何か。
サビでの激しくもキレのある動きは沙羅を魅了した。
どれだけの長い間、翔太は苦しんできたのだろうか。
自分の夢を否定され、親の期待に沿えない自分を責めながら。
沙羅は翔太の過去に思いを馳せ、その飛び跳ねるダンスから片時も目を離せないでいた。
大地の上で風のように舞い、水のように流れ、火のように燃えるダンス。人智を超えた自然を体現するようなダンスに、沙羅の心は震えた。
翔太の動きはラストに向かって激しさを増す。それは観る者の心の
他人が決めた正しさなんてどうでもいい。
自分を解き放て。
沙羅はまるで自分が躍っているような興奮を覚えながら、翔太のダンスに惹き込まれ、曲が終わると同時に大きな拍手を送っていた。
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