第16話 がらくた(3)
沙羅の歌が終わりに近づくと、田嶋はシンバルを響かせ、タムやスネア、シンバルを連打し最後にバン‼と締めた。
沙羅はしばらく曲の余韻に浸ってから藤沢の方を振り向いた。
「生演奏が初めてにしては堂々としてるよ。やっぱりゴスペルとコーラスの経験があるから度胸があるのかな。ま、お客さんがいたらまた違うけどね。なぁ?」
藤沢はそう言うと、田嶋を見つめその反応を窺った。
「ん~、まだバンドに合わせて人前で歌えるレベルではないな。まぁ、テクニックはまだこれからいくらでも伸びるから大丈夫だろう」
田嶋の率直な感想を聞いて沙羅は口をきゅっと結びながら、はいと頷いた。
「でも君の歌は人の心を動かす何かがある。だから続けた方がいい。それから、歌い方だけど、
褒められた嬉しさからか、沙羅は顔を上気させて田嶋を見つめた。
「
「そう。
そう言いながら田嶋はドラムスティックを持った手を交差させてシンバルとスネアドラムを叩き、足でペダルを踏みながらバスドラムを鳴らし始めた。
「おっ。いいねぇ。沙羅ちゃん、分かる?」
藤沢が笑いながらそう言うと、沙羅は藤沢の方を振り向いて何度も頷いた。
「『
沙羅はマイケルジャクソンとダイアナロスを聴くようになった頃に、彼らと共演の多かった
田嶋は相変わらず無表情ではあったが、上半身でリズムを取るようにしてドラムスティックを自由自在に動かしていた。そのがっしりとした体躯から叩き出される重厚感のあるサウンドは壁に反響し、沙羅の全身に響き渡る。
藤沢は時折キーボードから手を離し、ややおどけて目を閉じながら体を揺らし、
さすがの田嶋もそれには思わず笑ってしまう。
へぇ。取っ付きにくそうに見えたけど、笑うとなんだかちょっとかわいい。
沙羅は田嶋の目尻に浮かんだ笑い皺を見ながらそんな風に思った。
沙羅は視界の端で何かが動いたのに気づき、ステージ横の階段を見た。黒猫が軽やかな足取りで降りて来てステージ前を横切り、ソファーに飛び乗った。
驚いた沙羅は思わず左後方の田嶋を振り返った。
田嶋は演奏の手を止めると、ソファーの上の猫を確認して両眉を上げた。
「ミックが客がいるときに出て来るなんて珍しいな」
そう言って田嶋が藤沢を見ると、藤沢も頷いて猫を見た。
「もう時間があまりない。座ってこれからのことを話そう」
藤沢はそう言うと、キーボードから離れてステージを降り、田嶋と沙羅もその後に続いてそれぞれ別のソファーに腰を下ろした。
沙羅はミックが座っているソファーの端に座ったが、ミックの「これ以上近づいたら逃げます」とでも言わんばかりの表情を見て、目を細めながら優しく微笑んだ。
「見ているだけでもかわいい。猫も犬も好きなんで、ここにずっといたいです、私」
沙羅はミックを見つめながら羨ましそうにそう言った。
藤沢は田嶋の顔に浮かんだ困惑の表情を見て、あははと笑いながら話し出した。
「レッスンの時、お願いがあるって言ったのはさ、外の犬と少しずつ仲良くなって欲しいんだ。人なんて滅多に来ないから、なかなか人に慣れなくて困ってるんだよ」
「私、やりたいです! ここ、駅からも歩いて来れるんで、毎日でも来ます!」
やる気に満ち溢れた沙羅の表情に、田嶋は訝しげに口を開いた。
「ロッキーは大変だぞ。あいつは保護犬なんだ。警戒心が強くて人を噛みそうになったこともある。それでも大丈夫か?」
沙羅の本気度を確かめようとする田嶋に、沙羅はちょっと考えるそぶりをしてから首を縦に振った。
「仲良くなれるかどうかは分からないですけど、
そう言ってミックを目を輝かせて見つめる沙羅を見て、田嶋は少し表情を緩めた。
「そうか。分かった。それなら、こうしよう。ロッキーに会いに来てくれる代わりと言っちゃなんだが、俺が君の英語の発音を助けるよ。前に亮に頼まれていたんだが、人に会うのが億劫でね、返事をしてなかったんだ」
「ああ、前に亮先生が言ってたネイティブ並みに話せるドラマーって……!」
合点がいったと言う顔で、藤沢と田嶋の顔を交互に見る沙羅に二人は頷いた。
「そうなんだ。前に話したのはリッキーのことでさ。母親がフィリピン人でシンガーだったからここでもよく歌ったり踊ったりしてたんだ。リッキーは小学校からインターナショナルスクールだから発音はきれいだよ」
沙羅は英語の発音という懸念事項が解消できるチャンスが急に目前に現れ、ほっとした表情で大きく頷いた。
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