第二章
第14話 がらくた(1)
沙羅は藤沢が運転する車の助手席に座り、車窓からの街並みを眺めていた。閑静な住宅街を通り抜けながら、一週間前に見た翔太の家を思い出す。
立派な家だったな……あんな大きな家に入ったことない。でも、翔太さん、今までパルマでもうちのビンボー話を普通に聞いてから、全然分からなかった。あんまり自分の話、してくれなかったし。
沙羅はそんな風に思いながら、この一週間、職場で翔太と最低限の会話しか交わさず、気まずい空気が流れたことを振り返っていた。
結局、母親の京子に学費のことは言えず終いだった。だからと言って、英玲奈の勧めるクラブで働く決心もつかない。
今までも男友達はいたけれど、彼氏はいなかったしなぁ。自分がいいなと思う人は私の事好きになってくれなかったし。私の事気に入ってくれた人もいたけど、好きになれなかった。
沙羅はこれまでのことを回想しながら、恋愛感情を持てない男性に対して自分の女性の部分を出すのは気恥ずかしく感じた。
触られたりしたらどうしよう。考えるだけで気持ち悪い。英玲奈先生は慣れって言っていたけど、顔に出ちゃいそう。
藤沢は押し黙ったまま景色を眺める沙羅を横目で見た。
「沙羅ちゃん。あと少しで着くよ。どうした? 怖い顔して。もしかしてクラブで働く話、まだ考えてる?」
沙羅の心を見透かしたように、藤沢は前を見ながら優しい声でそう言った。
「えっと……はい。正直、まとまったお金があったら安心なんで考えるんですけど、自信ないです。見た目も男ウケしないタイプですし、だからって変えるのもまだ抵抗があって。それに……自分の思った事を我慢できずに言っちゃうから、性格も今のままじゃ無理そうだなって」
藤沢はハハハと声に出して笑うと、運転しながら沙羅をちらりと見た。
「沙羅ちゃん、面白いね。なんだろうね、僕は沙羅ちゃんのパパも知ってるんだけど、明るい奴でさ、沙羅ちゃんの気質はパパに似たんだなって思ってたんだ。だけど、真面目で正直なところは京子さんにそっくりだね」
藤沢はどこか懐かしむように目を細めた。
沙羅は藤沢が自分の父親と知り合いだったことに驚きつつも、自分の内面を褒められた事が嬉しく、恥ずかしそうに俯いた。
「だけどさ、僕は京子さんのことだから学費の準備はしていると思うよ。彼女は頑張り屋だから。一度しっかり京子さんと話してごらん。まだちゃんと話してないんだろう?」
そう言うと、藤沢は左手で沙羅の頭をポンポンと叩いた。
「偉いね。お母さん想いなんだね」
沙羅は自分の心の中で凝り固まっていたものが解れていくような感覚がした。
翔太が言った「ヤバい奴」という言葉が頭をよぎる。
きっとそうなのだろう。でも……。
沙羅はなんだかふわふわした感情を持て余しながら、藤沢の魅力に抗えない自分を自覚していた。
「もうすぐ着く。降りる準備して」
藤沢はそう言うと、砂利道に車を乗り入れしばらく前進してから駐車した。
藤沢のマンションから二十分はかかったであろうか、繁華街の外れに位置するその駐車場の近くには二階建ての黒い建物があった。その建物の隣にはトタン屋根の小さな倉庫のようなものがあり、犬の鳴き声が響いていた。建物の周囲には廃材が積み上げられている。
「ここが前に言ったライブバーにしようとしてる
藤沢に促されて沙羅は車を降りると、砂利道を通って倉庫の前を横切る。倉庫の入り口は緑のフェンスで囲まれ、鎖でつながれた茶色の中型犬が今にも二人に飛び掛からんばかりに吠えちぎっていた。
動物好きの沙羅でも一瞬怯むような吠え方だ。沙羅は犬にごめんねと言いながら、藤沢に続いて黒い建物に入った。
一歩足を踏み入れて沙羅は驚いた。
入口の両脇には大型の水槽があり、見た事もないような大きな魚や色とりどりの熱帯魚がライトに照らされて優雅に泳いでいる。
視線を室内全体に移すと、ライブハウスのような空間であることが認識された。全体的に薄暗く、無造作に置かれた幾つかのスタンドライトの灯りだけが頼りであった。部屋の中央に置かれたソファーには、衣類や書類が山積みになっている。
入り口の左側は一段高く、DJブースや機材などが置かれている。右側にはステージがあり、ドラムセット一式とキーボードが配置されていた。
部屋のあちらこちらに置かれた段ボールや衣類、書類などが雑然とした印象を与えたが、部屋の奥にはバーカウンターも見え、かつてこの空間で客が酒を飲みながら音楽を楽しんでいたことが窺えた。
「中に入ったら。汚いけれど、どうぞ」
部屋の真ん中で藤沢と立ち話をしていた大柄の男が、沙羅を見て声をかけた。沙羅の身長も170センチと高い方だが、藤沢は沙羅より10センチは高い。その藤沢よりも更に10センチ近くは高く、筋骨隆々とした体はくたびれたTシャツ越しにもよく分かる。
沙羅は軽く頭を下げて挨拶をすると、部屋の中央まで足を踏み入れ、ソファーの空いている場所に腰をかけた。
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