第11話 Club Cave(2)
翔太は手に持っていたグラスを近くのスタンドテーブルに置き、沙羅に話しかけた。
「え!? 何!? 聴こえない!」
沙羅が声を張り上げると、翔太は笑って膝を曲げたり伸ばしたりしながらリズムに乗り始めた。しばらく続けてから沙羅の側に近寄って大声で話しかける。
「ヒップホップのリズムの取り方は、ダウンとアップ! これが基本。音をダウンで取るときはこんな感じ」
そう言いながら膝を曲げる。
「アップで取るときはこう」
翔太は膝を伸ばし、沙羅もそれを真似る。8ビートのゆっくりした曲がかかっているせいか沙羅も自然にリズムに乗れ、笑顔がこぼれる。
そんな沙羅を見ながら翔太は足を左右に出すサイドステップをし、沙羅がついて来られるのを確認すると大きく頷いて見せた。翔太はちょっと笑ってから、ステップを四角の形に四回踏む。ボックスステップだ。
沙羅はやや苦戦しつつも何回かやるうちになんとか形になってきた。
「いいじゃん。センスあるよ。じゃ、16ビートね」
そう言うと、翔太はその場で小さく飛び跳ね続ける。その様子を見て、沙羅は思わず笑ってしまう。
「何それ! 16ビートを足で刻んでんの?」
「これが基本」
翔太は真面目な顔をして飛び続ける。沙羅も真似をするが、途中で笑ってしまう。
そんな沙羅を一瞥すると、ランニングをするような動きをした後で足を前にけり出してから横に出すステップを踏んだ。ランニングマン、ポップコーンステップと呼ばれているステップだ。
「難しいから手の振りはナシ。ステップだけやって!」
沙羅は見よう見まねでやってみる。
「やるじゃん! ゆっくりの曲ならこれでいいけど、早いヤツだと……」
翔太は素早くステップを踏み始めた。沙羅も遅れてステップを踏むが足がもつれて転びそうになる。素早く翔太が沙羅を右手で支えて、二人で顔を見合わせて笑う。
沙羅が体勢を立て直した時、聞き覚えのあるサウンドが流れ始めた。
「『
嬉しそうに叫んだ沙羅を見て、翔太は歯を見せて笑った。
「きたね、16ビート」
翔太はそう言って全身でリズムを取り始める。
ステージではMCが前かがみになりながら、
沙羅はステップを踏むのを忘れ、上半身でリズムを取りながらラップに聴き入った。
「あのMCはアメリカ育ちなんだ。だからあの
翔太が沙羅の耳元で話しかける。
沙羅は頷きながら、さっきのステップをやってみる。リズムに乗り切れているとは言えないが、見られなくもない。翔太はそんな沙羅を満足そうに見つめた。
ニューヨークのタイムズスクエアで彼らがこの曲をパフォーマンスした動画が沙羅の脳裏に浮かんだ。自分が大勢のニューヨーカーを前に、彼らを鼓舞しているような気分になる。
ここはニューヨークだ! やる気になれば誰だって夢は叶う!
酔いが残っていたせいだろうか、両手を広げ大胆に気持ち良さそうに歌う沙羅にMCが目を留めた。二つめのラップパートを歌いながら、沙羅の方に近づいてくる。
周囲の視線が沙羅に刺さる。沙羅は、助けを求めるようにDJブースの田村を見た。田村はレコードを右手でスクラッチしながら笑顔で大きく頷いている。
沙羅は横にいる翔太を見た。翔太は上半身でリズムを取りながら興奮した様子で沙羅を見つめ、右手の親指を立てた。MCのパートはもうすぐ終わる。
もう、どうにでもなれ!
沙羅はMCから差し出されたマイクを受け取ると、2つめの
きっと夢を叶えてやる! そんなメッセージを込めながら。
最初の一声からパンチの効いた声がクラブ中を包み、客はしばし動きを止めた後、右手を挙げて前後に振りながら思い思いにダンスを続けた。
MCと沙羅はそれぞれのパートをもう一回ずつ繰り返し、
二人も客もみんな片手を突き上げる。まるで自由の女神のように。
最後の
曲が終わった瞬間、MCは沙羅の右腕を掴み高く挙げ、二人は客の歓声と盛大な拍手に包まれた。
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