第6話 トラットリア・パルマ(2)

 沙羅はピザ場の前で、翔太がめん棒でピザ生地を伸ばしてからトマトソースを塗りつける作業をじっと見ている。骨ばった翔太の指が器用にモッツァレラチーズを乗せる。

「アルバイトでは一番上手だよね、ピザ作るの」

 ホール側から翔太の手元を見たまま、沙羅はそう呟く。夜のピークタイムは18時以降で、この時間はまだ暇だ。翔太はピザ窯にピザを入れると、調理台の上を片付けながら沙羅を見た。


「珍しいね。沙羅さんがピザ場の前って。今日は案内係?」

 ピザ場は店の入り口付近にあり、客席からは離れたところにある。ホールの案内係が、レジ業務をしたりピザを運んだりすることが多いのだ。

「うん、店長いないから私が案内係やらせてもらっちゃった。店長いたら私にはやらせてもらえないし。かわいい子しか指名されないから。でもさ、ずっと料理運んだりバッシングしてると腕が痛くなるから、たまには案内係やらせて欲しいんだよね」

 バッシングとは客が帰った後に食器を下げることである。卑屈になるでもなくそうあっけらかんと話す沙羅を見て、翔太は作業を続けながら口を開いた。


「店長のタイプは分かりやすいからなぁ。まぁ、案内係は店の顔だから見た目重視なのも分かるけど。でも、料理の説明が上手か、気が利くかどうかも見て欲しいよな。かわいけりゃそのへん微妙でも案内係にしちゃうからさ。沙羅さんはそういう面では向いてんじゃないの、案内係」

 翔太はピザ窯の中を覗いてさっき入れたマルゲリータの焼き加減を確認する。もう少しかなと呟くと、新しいピザを作り始めた。


「フォローありがと。まぁ、慣れてるけどね。中学の合唱部のコンクールでも顧問に、歌は上手いけれど背が高いから前列の真ん中は難しいって言われて、三列目の端だったしね。背が高いのだけがダメなら階段あるんだし、前列の端でいいじゃん? 日本人ウケしない外見だからさ、私」

 翔太はピザ生地から目を離して、沙羅の表情を確認する。自虐でもおどけるわけでもなく、淡々と話す沙羅を見て翔太はまたピザ作りを続けた。


「へぇ。俺だったらかなり悔しいな、それは。身長のことを言えば、俺もあと10センチ欲しいなとは思うけど。まぁそんなこと言ったら、ダンサーのTOMOKOなんて身長148センチだしな。それで、ジャネットジャクソンとかマドンナとかのバックダンサーしてるからな」

「あー。TOMOKOね、すごいよね。私もドキュメンタリーで観た! あんな小柄な女の人なのに、踊り始めるとすごい存在感だよね!」

 沙羅はレジの周りをダスターで拭きながら、ちょっと興奮気味に翔太に応じた。


「下積みから十年間ニューヨークでがんばったのもかっこいいんだよなぁ。俺もお金貯めてニューヨークでダンス習いたいんだよね、いつか」

「ニューヨーク? お金かかりそう」

「まぁね。でも三カ月から通えるスクールもあるしさ。ヒップホップ発祥の地だからな、いつかは行ってみたい。はい、マルゲできたから持って行って」

 そう言いながら翔太はピザ窯にピザピールを挿し込み、その上にマルゲリータを乗せて引き出すと、白いピザプレートの上に乗せた。


「美味しそう! 生地の膨らみ方も、端っこだけちょっと焦げている感じもちょうど良いね」

 沙羅はそう言いながら、翔太がピザの上にバジルを散らすのを見ている。

「あとね、お願いがあるんだけど。今度、16ビートのリズムの取り方を教えて欲しいの。8エイトビートは自然に歌えるんだけど、16ビートはなんかリズムが取りづらくて」

「ああ。いいよ。今度田村さんがクラブでDJやるらしいから、そのイベントん時にタイミングあったら教えるよ」

 田村さんとは「トラットリア・パルマ」の料理長のことだ。趣味でDJをしているので、時々沙羅達もイベントに誘われる。

「ありがとう!」

 沙羅はピザを左手に乗せ、右手で唐辛子の入ったピカンテオイルを持つと客席に向かった。


 

 

 

 

 

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