5. 変わるもの、変わらないもの、変えるもの / 深淵教溟濛派潜伏部隊一斉制圧

変わるもの、変わらないもの、変えるもの / 深淵教溟濛派潜伏部隊一斉制圧 - 1

 俺たち『教団』――聖丘せいきゅう教にとっての最大の敵、『邪教』と通称される深淵教には、いくつかの派閥がある。

 今回ノルヴェイド付近で目撃されたのは、溟濛めいもう派と呼ばれる一派だった。派閥としての特長は、社会構造の上層へ巧みに食い込み、汚染するように浸食する陰湿さにあると言う。



「……本作戦に先立って、衛兵隊の中に彼ら溟濛派の働きかけを受け、組織方針へと反映していた者を複数人、確認した」

 アーウィン殿の言葉に、列する聖兵がにわかにどよめいた。

 俺としてはその事実は予想の範囲内で、むしろ確認に至れたことが意外だった。アーウィン殿……というよりは、バートリア司教辺りがノルヴェイドのかなり上層へ、強力に働きかけたのではないだろうか。

(場合によっては、それこそ現職の審明官が密かに出張ってきていたかもしれないな……)

 俺のように『候補』ではない審明官であれば、一人ひとり衛兵隊の上層部を呼び立てて、邪教と関係していないかを直接、曖昧な回答を許すことなく問いただすことが可能である。


「よって、本作戦は情報漏出を避けるべく、衛兵隊の関与しないノルヴェイド教会聖兵独自の作戦として展開される。各員このことを念頭に置き、無用の他言は避けること。これを聞けぬ者は今すぐ退出せよ」

 アーウィン殿のいかめしい言葉に、しかし退出という返答をする者はいない。それを見届けてから、彼は話を続ける。



「判明している限り、溟濛派の活動拠点は、ノルヴェイド内に一箇所。そしてノルヴェイド外北部に二箇所存在する。これらを同時に叩き、奴らを完全に根絶する」

 それに続いて、作戦の概要が説明される。相手を逃がさないことを何よりも優先すること。情報収集のため可能な限り拘束するが、やむない場合は殺害も容認されること。ただしその場合は、事後に妥当性を捜査・審問する、と語られた。


「そして今回、戦力の不足を補うために冒険者の雇用を行う」

(……何だって?)

 知れず、眉間に皺が寄った。アーウィン殿は常通りの仏頂面で続ける。


「衛兵隊の助力を抜きにしてのこの規模の作戦は、ノルヴェイドにおいて前例がない。現状、ここに集まっている者だけで今回の三正面作戦の展開が非現実的であることは、皆も察していたことだろう」

 そのことは確かだった。後のない突撃ならともかく、規律だった作戦行動をするなら、この場にいる聖兵では明らかに人員が不足している。

「そこで本作戦においては、ノルヴェイド内の拠点に関してのみ聖兵だけの作戦行動とし、ノルヴェイド外の二拠点について、冒険者パーティを戦力の中心に据えて、聖兵隊は支援に徹するものとする。これはバートリア司教の決定だ」



(仕方ないが、気に食わないな)

 それが素直な感想だった。実力ある冒険者の戦力としての強靭さ、そして柔軟さは否定し難い。

 金はかかるが、行動は迅速。今回のような状況における追加戦力としてはこの上なく有用だろう。

 そこは仕方ない。その上で、気に食わない。

(社会のふちのギリギリで生存しているような連中……少しよろめいただけで不法に身を落とすような奴らと肩を並べる、か)


 俺の抱く反感があまり一般的でないことは理解している。冒険者と聞けば無知な子どもは大いに憧れ、無知な大人は大いに頼る。

 だがそもそも、彼らのような非社会的存在を、必要だからと自らが生きる社会の輪に招き入れるような行為に無警戒なのは、まったくいただけないことだ。

 彼らはいつだって、その力の矛先を罪のない人々に向けられる。

 その危険性を正しく理解しているやつの、どれほど少ないことか。



(……とはいえ、司教の決定であれば仕方がない。ノルヴェイドにおいては冒険者も身近だし、反、ではなく半社会的存在と見なしても良いだろう)

 そっと嘆息を吐きながら、アーウィン殿の班分けで自分の名が呼ばれるのを待つ。できれば冒険者などに関与せずに済むようと願いながら。



   *   *



 数日後。


「え~、こんにちは! 階章ランク青きブルー獅子リオ一党パーティー『ヘヴンオーダー』のリーダーやってます。セフィリナ・アースです!」


 俺は敵の拠点を目前とした臨時キャンプで、場違いにハキハキした金髪の小娘の自己紹介を聞かされていた。

(教会の人間に向けて天のヘヴン指令オーダーだと……喧嘩を売っているのか?)


「私個人の技系クラス魔法軽戦士スペルフェンサーです! 属性は風雷。知り合いに使徒アセティックがいなくって、せっかくだからこの機会に神聖魔法の話も聞いてみたいので、詳しそうな人見つけたら話しかけちゃいます! よろしくお願いします!」


 ぴ、と指を額の辺りに当てて敬礼じみたポーズを取ると、聖兵の間からぱらぱらと拍手が湧き、俺はいっそうげんなりとさせられる。



 冒険者に関わらずに済むように、という俺のささやかな願いが聞き届けられることはなかった。

 ただし、配置そのものに不服はなかった。俺の担当は、ノルヴェイド外の溟濛派主要拠点制圧班の別働隊先鋒だ。赴任一ヶ月の聖兵へ課すには破格の役割だと言えるだろう。

 そしてその配置の理由は至極単純だった。


『今回の作戦に参加する無役職の聖兵の中でお前が一番強いからだ』

 作戦計画中――ルレアの療養期間中――アーウィン殿は俺にそう言った。

『副聖兵長を含むと他にも強い者はいるが、そいつには別の拠点制圧を任せたい。他諸々勘案すると、お前が最適任だ』

『冒険者相手に遅れを取ったりしましたが……』

『お前の所の連棟住宅に押し入った連中のことか? 奴ら、グリーン級相当の三人組だったらしい。そんな連中相手に無策で正面から行って勝ちきれる奴はノルヴェイドの教会にはいない』



(冒険者のランクづけなぞに興味はないが……)

 どうあれアーウィン殿がやれると見なして声をかけてきた以上、俺に断る理由はなかった。彼の観察力は大いに信用している所だ。

(あとは冒険者に関わらずに済めばそれで良いんだ)


 俺たちがこれから攻める溟濛派の拠点は、既に探索し尽くされ放棄されていた遺跡だという。

 そこには二つの出入り口があり、冒険者たちは正面の出入り口から攻め込み、アーウィン殿率いる制圧班本隊がその背後に着いて、彼らへの支援と打ち漏らしへの対応を行う。

 俺を含む別働隊はもう一つの出入り口に陣を張って待ち構え、そこから逃げ出そうとする連中を相手取ることを任務としていた。

 順当に仕事が進めば、冒険者と関与することがないポジションだ。



「アスカルって君?」

 そのはずだったのだが。

 夕方。夜営の準備を進めていた俺にひょこひょこと近付き、声をかけてきた奴がいた。冒険者一党のリーダー、セフィリナだ。

「……そうですが」

「ふ~ん」

 この時ばかりは俺も遠慮なくげんなりした表情をして見せたのだが、このセフィリナという女はまったく物怖じせず俺に話しかけ続けてくる。

「あのさ、魔法トークしたいんだけど」

「それなら……もっと神聖魔術に精通した術師がいるでしょう」

「魔術専門じゃなくて、魔術『も』やれるタイプの人と話したかったんだよね。アスカル、君そうなんでしょ?」


 否定はできなかった。また、下手な誤魔化しもできない。

 ルレアへの告白を経ても『真実の門焚』は機能を失ってはいなかった。それをこんなつまらない所で危機に晒すなんてごめんだ。

 ならば断固として拒絶するか? ……それも難しい所だ。仮にも今回の作戦で主力となる人員を軽んじるのはあまり良い手ではないだろう。

(……仕方ない。少しだけ話を合わせるか。どうせすぐ退屈になって、あちらから勝手に去っていくだろう)



「トークと言っても、実戦面の経験で言えば冒険者には到底敵いませんよ」

 手を止めてそう答えると、セフィリナはやったぜと片手を握り肘を曲げてみせた。俺はそのことよりも、やや羨ましそうに俺の方を見ている聖兵がいることにげんなりとさせられた。こいつが来てからげんなりしっぱなしだ。



「へ~、戦い始める時って補助の魔法しか使わないんだ。とりあえず攻撃したい! ってならない?」

「そもそも神聖魔法に相手を直接攻撃する魔法が少ないんですよ。ましてや俺の相手は基本的に人間なんで……」


 敵から発見を避けるため、火は起こさず、それに似た光を放つ魔道具を光源とする。よってテントも火を考慮せず、単純に物陰に設営すれば良いとなった。


「戦いの最中の再発動も基本的にはしないんだ。もしかして戦闘のパターンを何個も想定して、すごくカッチリ場合分けしてる感じ?」

「例えその場で妥当性があるように見えても、パターンを外した動きをすると罰を受けました。そもそも冒険者の戦闘とは思想が違っていて……」


 ポールを突き刺し、真っ直ぐに押し込んで固定する。テントを張り、各所を固定。地形に合わせ調整し、頑強性のテストも済ませる。


「……まずすべての前提として、呼吸を無意識に合わせてるんですよ。魔法の詠唱も早ければ良い訳じゃない。正しく刻むことが正確な連携の要なんです」

「意図は分かるけど応用性がなさ過ぎるでしょ! 呼吸を乱してくる罠とか、時間を局所的に操作する魔法とかにはどう対応するのそれ?」


 その後は兵站係のところへ行って食料を受け取る。干し肉へ麦ペーストを塗り込み、熱で炙った教会式の野営食だ。


「ううーん……見た目ほど悪くないけどこれを毎日は勘弁してほしいな! そっちはどう? 豚の酒蜜漬け!」

「確かに味は良いが、濃すぎる。胸焼けしそうだ……半分食べたらそっち俺に返してください」



(……あれ)

 そして気付く。

(普通に楽しんでいるな、俺)


「どうかした?」

 溌剌とした青い眼が俺を覗き込んでくる。

「胸焼けまだしてる?」

「いや、そういう訳では……」

「そっか」


 セフィリナはその味の濃い肉をぽいと口の中に放り込むと、すぐにそれを飲み込んで立ち上がる。


「でも随分警戒は解いてくれたね!」

「……何だって?」

「だって君、めちゃくちゃ私のこと睨んでたし。一応一緒に仕事する仲だからさ、仲良くなりたかったんだよね」


「まさか……最初からそのつもりで?」

 無防備に警戒を緩めていた自分に後悔しそうになったが、セフィリナは首を振る。

「一番最初の『つもり』はもっと別でさあ……君、一番強いんでしょ?」

「……役職持ちでない聖兵の中では、ですが」


「それでいいよ! 実践的な知識があるのも、今の話で確認できたし……そんな君にお願いがあってさ」

 セフィリナは犬歯を見せてにたりと笑う。

「ちょっと戦ってくれない?」

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