真実の門焚 / ディ・セクタム区17章13節連棟住宅死体遺棄 - 3

 カラン、という金属音。

「おっと」

「どうかしましたか?」

「いや、大丈夫です」

 蹴ってしまった火かき棒を再び壁際に立てかけ、部屋を見渡す。


 ディ・セクタム区17章13節連棟住宅テラスハウス

 独居者用の賃貸住居。同じ構造をした縦長の家屋が6件並んだような形状。表道路に面しているのは共用スペースのみ。

 各部屋には表玄関とは別にゴミ捨てや設備メンテナンス用の勝手口がある。俺たちが出入りに使う廊下の、部屋を挟んで反対側に作業用の裏道があり、冒険者や魔術研究者が、小遣い稼ぎと鍛錬のために小型の魔法生物を使ってゴミ回収をするのだという。

 表玄関は外からも内からも鍵を閉めることができるが、勝手口には内鍵しかついていない。

「……あ。開いてますね」

 6号室の勝手口の内鍵は開いていた。正面からでも裏からでも出入り自由というわけだ。


(室内は他の部屋と同じだ)

 玄関から入り、横には靴やコートを収納する物置。

 室内扉を挟んでメインルーム。側面には半魔動式の暖房。奥には調理スペースがあり、隣には勝手口。扉を挟んでシャワーとトイレ。定番の半魔動式温水。階段を上がって2階に、半屋根裏の寝室。

「……この高さだと、ソールガラさんは頭をぶつけたりしそうですね」

「人が多い街だと大体どこでも同じだから、もう慣れたって言ってました。オーガー族の集落よりはずっと良いって」


 更に、この連棟住宅の特徴として、地下室がある。

 賃貸者の魔力でのみ開閉が可能な、小さく強固な地下室。俺がここを借りた決め手もそれだった。

 ただし、いまその地下室に降りる扉は死体の下にある。

「……この地下室に何か隠している、という可能性はあると思いますか?」

「部屋が借りられていない時は魔力の錠も付けてないって、バーバラさんに聞いたことあります。つまり今は死体をどけてしまえば、中身はすぐに確認できる訳で……」

「敢えて何かここに隠すという線はなさそうですね」



 ルレアは死体の脇でそっと祈るような仕草を取り(教団式ではなかった)、それからかけてあった布を捲る。

 ただし、彼女が確かめたのは顔ではなく足の方だった。


 そして、すぐに声が上がる。

「分かりました」

「え」

 ルレアが示していたのは、死体の足首だった。黒っぽい何か、おそらく木炭で、数字と文字が書いてある。

「日付と時刻……文字は『共同墓』、か」

「亡くなった方の遺体を墓地に運ぶ時は、左足首に情報を書くんです。いつ運び出すか、どこに運ぶのか」

「詳しいですね……」

「仕事でそういうことを知る機会がありまして」


 この死体がどこの誰の遺体なのかは、これでほどなくはっきりすることだろう。

 魔法を使わない病院にあったという情報に、共同墓に送られる予定のタイミングまで分かれば、割り出すことは容易い。


 だから、残る問題は……

「誰が、何故、どうやって、この死体をこの部屋に運び込んだのか」

「ですね。もうちょっと部屋を調べて……」


 カラン、という金属音。

「あっ」

「大丈夫ですか?」

「いえ、ちょっと蹴っちゃって……」



 ルレアが火かき棒を暖房機の脇へ持って行くのを尻目に、俺は引き続き部屋の検分を続ける。


「バーバラさんの旦那様が、この冬に亡くなってしまって」

 話し始めたルレアの口調は、少し遠慮がちだった。

「それでちょっと、気持ちが沈んでしまっていたみたいで。だからソールガラさんが、建物の管理を代わっていたんです」

「……そうなると、この部屋の戸締まりを怠っていたのも、実際はソールガラさん?」

「ちょっと大雑把な人なんですよね。ソールガラさん自身も、自分の部屋に鍵とかあんまりかけないみたいで。すっごく良い人ではあるんですけど……」



ΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦ

ΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦΦ

 バーバラ、そしてソールガラの吐いた嘘を思い出し、腑に落ちる。

(管理を任せた者と、任された者。お互いにきちんと管理ができなかった負い目から、二人は庇い合ったのか)

 騒ぎを小さくするためにろくな捜査もせず誰かへ罪を押し付けようという姿勢はまったくいただけない。いただけないが、その気持ちは理解できた。



「ソールガラさんが管理を代わっていたという話は、誰が知ってるんでしょう」

「みんな知ってますよ。バーバラさんから一人ひとりに連絡がありましたから」

「ソールガラさんが大雑把な人なのは……」

「それもみんな知ってます」

「でしょうね」


 話しながらしばらく床を見ていた俺だったが、また一つ確信して立ち上がる。

「死体、引きずって運び込んでますね」

 玄関から死体までの間、低い位置の壁紙に、何かが擦れた真新しい痕があった。恐らく床に残った痕跡は掃除し、しかし壁までは気が回らなかったと見える。


「うーん、でも実際、重いですからね。私が持とうとしても引きずってしまうと思います」

 ルレアの言葉のとおりだ。俺だって、担いで長い距離を運ぶのは苦労するだろう。

 だから、『死体を引きずって運んだ』こと自体に大した意味はない。


「……確認したいんですが」

「はい?」

 気にするべきはその先、あるいはその過程だ。

「この辺りに、非魔法系の病院はありますか?」

「……あ~……」

「ないんですね」

 こくりと頷くルレア。

「一番近くでも、多分15分くらい……」

「その距離を、死体を引きずる……いや、押し車か何かを使って移動したとしても」

「誰かが見ていそうです!」



 聞き込みに移るべきだ。

 死体の元あった病院を割り出し、その関連人物の動きを調べて、死体がいつ持ち出されたかに当たりをつける。

 そしてその時間帯に、病院からこの連棟住宅までの間で、死体らしきものを運んでいる様を目撃した者がいないか聞き込みをする。

 捜査のセオリーに乗るなら、そうするべきである。


 だが。

『大ごとになってほしくないんだ。あたしは』

 年老いた管理人の声が脳裏に去来する。


 病院へ、あるいは周辺住民へ聞き込みを始めれば、間違いなくこの事件は人々の知る所となり、まさしく大ごとになるだろう。

 もちろん、彼女の希望は叶えてやらねばならない願いではない。

 そもそもバーバラ自身、不義を働いている。ろくな調査もせず、ノアーティという罪のない青年を突き出そうとした不義。

 だから、そんなもの気にせず聞き込みに移ったところで、法制上も道義上も問題はないのだ。



 考えていたのはそう長い時間ではなかった。

 俺は溜息を吐き、結論を出す。


「もう少し部屋を調べましょう」

 他に手がかりが見つからなければ、想定通りに聞き込みを行う。事件が大ごとになろうと、真実を明白にする。それは当然のことだ。

 だが、その前に少しだけ……不義に至った背景を考慮し、ほんの少しだけ手間を割いても良い。それが俺の結論だった。


「ふふ……」

「どうかしましたか?」

 ルレアは俺を見て笑っていた。前髪の奥、細めた目が、穏やかな弧を描いている。

「お優しいんですね」

「……何がです」

「いいえ?」



 話を一方的に切り上げられた俺は、からかわれたような、そう見なすには自意識過剰なような、なんとも落ち着かない気分で室内の調査を再開しようとした。

 その時だ。


 カラン、という金属音。

「おっと……」

「あっ……すみません、変な所に置いてしまって」

 それはまたも火かき棒だった。ルレアが立てかけていたものを俺が足で弾いてしまったのだ。

 俺はそれに手を伸ばさず、見下ろした。


「三度目です」

「え?」

「最初にこの部屋に入った時と、ルレアさんと入った時、そして今。……ルレアさんが蹴ったのも含めれば四度目ですか」


 俺も彼女も、注意深く室内を捜索しているさなかのことである。あまり自然なこととは思えない。

 であれば、魔力の介在……魔法の影響を疑うべきだ。


(たとえば幻覚の魔法だったら……こうして目を向けている内に、歪んだり消えたりして見えてくる)

 床に転がったその金属棒を十秒ほど見続けたが、そのような兆候はなかった。改めて火かき棒を拾う。

 熟練の魔法使いであれば、こうして見て触れるだけで魔法の有無を探知できるだろうが、俺にそこまでのことはできない。だが多くの場合、魔力はかすかな光を帯びており、自然光の差し込まない暗所に持っていけばその存在を視認できる。

(手近な暗所と言えば……地下室)



「あっ」

 死体の下の地下室への扉を振り返ったところ、ルレアが声を上げた。

「どうしました」

「あの、それ……」

 彼女は俺の手元の火かき棒を指している。

「何か分かりますか?」

「粉……みたいなのが着いてますよね?」


 棒の側面に指を添わせる。

(……確かに)

 指にはさらりとした粉末が付着していた。茶色っぽく、少し見た限りでは鉄さびのようでもある。


「それ、多分……胞子だと思います」

「ほ……何ですって?」

 思わぬ言葉が出てきたものだから、俺はつい勢いづいて訊き返してしまう。ルレアがさして臆さないのが幸いだった。

「胞子です。多分、魔法の媒介の」

「媒介に胞子を? ……まあ、できないことはないんでしょうが」


 魔法を炎に例えるなら、術者の魔力が火打ち石で、外部に用意する媒介が燃料だ。媒介がある限り、術者がいなくとも魔法は残る。

 それにしたって胞子を媒介にするなんて聞き慣れない話だ。


「それでですね」

 ルレアは少しの逡巡を挟み、しかしはっきりした口調でこう言った。

「この連棟住宅で胞子といえば、実は一人しかいないんですよ」

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