第10話

   

 もしも培養細胞に魂が宿っているならば、今頃は世界中の分子生物学者が恨まれて、呪い殺されているだろう。だから培養細胞に魂が残っていないのは当然であり、つまり幽霊関連の研究には培養細胞でなく動物実験が必要となる。


 最初は予備実験的に、マウスPOG9ホモログのみ、あるいはマウスPOG4ホモログのみを用いる方針も考えられたが、

「両者の組み合わせこそが大切ですから、最初からそれでやらないと!」

 と俺が強硬に主張。そちらの方向で進めていくことに決まった。


 POG9を活性化させると共に、逆方向のPOG4を抑える。

 つまりPOG9遺伝子を外から過剰に送り込み、同時にPOG4を抑制する因子も導入するのだ。

 遺伝子抑制に関しては、遺伝子欠損マウスを作成すれば確実だが、もっと簡便な方法もある。RNAiというやつで、目的の遺伝子に対する干渉性interferingRNAを作成し、外から加えるやり方だ。

 遺伝子や干渉因子を脳細胞へ入れる技術も、日々進歩しており……。


 最初に検討したのは、エレクトロポレーション電気穿孔法

 電気刺激で細胞外膜に一時的な穴を空ける方法だが、特別な装置が必要で、しかも培養細胞には適用しやすいが動物個体レベルでは難しいらしい。外科手術っぽい操作とか、胎児の段階での処理が必要とか聞いて、これは諦めた。


 次に考えたのが、ウイルスベクターの利用。ウイルスを遺伝子の運び手ベクターとして使うのは、ウイルス学が専門の俺には馴染みの話だった。

 しかし市販されている既存のウイルスベクターでは、脳へ向かうたぐいのウイルスは用いられていない。市販のベクターを使わず、適当なウイルスを素材にゼロから構築するのも技術的には可能だが、それだけで大仕事になってしまう。ウイルス学者だからこそ、その大変さもよく知っていた。


 そこで着目したのが最近の手法で、これもウイルスの性質を利用するけれど、使うのは向神経性神経細胞を好むウイルスの外側のパーツだけ。その一部を人工的に合成し、目的の遺伝子などに付着させるという。

 ウイルスそのものでなく一部であるが故に、運び手ベクターの作成は比較的容易。しかも血液脳関門でブロックされないので、脳内接種の必要もなく、静脈注射で脳まで届く。俺の研究には最善の手法に思えた。


 必要な器具や試薬を揃えたら、まず作成するのは、POG9を活性化してPOG4を抑制する因子。

 人工的に合成したパーツをアダプターとして、マウスPOG9ホモログの遺伝子そのものと、マウスPOG4ホモログに対する干渉性RNAとを結合。完成した「POG9活性化プラスPOG4抑制因子」を神経系の培養細胞でテストすると……。

 想定した通りに遺伝子発現量の変化が確認できた。

 いよいよ次は、動物実験のスタートだ。

   

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